何だかおかしい。
 とてもいい夢を見たような気がして目が覚めたのに。
 家の中は何故か妙な空気で居心地が悪いし。
 それに何より。

 レオナルドの、様子がおかしい。



     <Boozy>



 人は寝ている間、例え覚えていなくても何度も何度も夢を見るそうだ。勿論、覚えて
いられるのは目覚める直前に見ていた夢だけ。それだって、絶対に覚えていられると
言う保証は無い。目が覚めた時の状態によって忘れてしまう事が大半だそうだ。
 そんな事を、分厚い本を抱えながら話して聞かせたのは彼のすぐ上の兄だった。彼
自身は右から左でまともに話を聞いていなかったが(レム睡眠がどうとか言われても
さっぱりわからなかったのだ)、今朝目覚めた時に兄の言葉を思い出した。
 目を開けた瞬間、とても気持ちのいい感覚と共に、酷く残念な気持ちが沸き起こった
からだ。
 忘れた事を深く後悔する程、今見ていた夢は素晴らしいものだったと言う事なのか。
 ぼんやりと自室の天井を見上げていたラファエロは、思わず片手で顔を覆った。
「あーくそ、勿体無ぇ……」
 ここまで心を動かされるからには、夢の内容も大体想像が付く。彼にとってそこまで
囚われる相手は、この世界にたった一人しかいないのだから。
 もう一度目を閉じて夢の内容を思い出そうと試みるが、浮かぶのはいつも頭の中で
思い返している一番上の兄――レオナルドの顔だけだった。
「……今、何時だ……?」
 そうして性質の悪い事に、思い出してしまえばすぐにでも本当の彼の顔が見たくなる。
どんなに素晴らしい内容であっても、所詮夢は夢だ。実際に手で触れて、感じられる
本物には敵わない。
 ラファエロは何故か少し重い頭を抱えながら、寝床から抜け出した。リビングに飛び
降りてレオナルドの姿を探すが、奇妙な事にレオナルドどころか他の兄弟たちの姿も
見当たらない。時計を見ると、とっくに全員起き出していてもいい時間だ。寧ろ自分が
寝坊してしまったくらいなのだが。
「レオ? 皆?」
 シンと静まり返ったリビングは、声がやけに響く気がする。何かあったのかと僅かに
不安が胸をよぎった。
 その瞬間。
「カーワッバンガ――――ッ!!」
「ぬあっ!!?」
 突然背後から襲来した飛び蹴りをかわし切れず、ラファエロは尻餅を付いた。キッと
眦を決して襲撃者を睨み上げる。
「ミケランジェロ! テメェ朝っぱらから何の真似だ!!」
 しかし弟は悪びれた風も無く、ヌンチャクを振り回して笑っている。
「へっへーん♪ 悪いけど、今からラファエロは特別授業のお時間でーす♪」
「特別授業だぁ!? 誰がそんな事……そうだ、先生はどこだよ!」
「先生なら昨日から瞑想に行ったじゃないか。忘れたの?」
 不意に横合いから聞こえた声にそちらを向くと、柱に寄り掛かって頬杖を付いている
ドナテロがいた。その陰には、いつかのように人間の服を着込んでいるレオナルドの
姿。
 漸く探していた相手を見付けて、ラファエロはレオナルドに駆け寄る。
「レオ! お前……そんな格好で何やってんだ?」
「…………」
 だが、レオナルドは固い表情のままラファエロから視線を外した。その余所余所しい
態度にラファエロは少なからずショックを受ける。
「え……れ、レオ? どうした?」
 僅かに引き攣る問いには答えずに、ラファエロに背を向けようとするレオナルド。
 自分を見てにこりともしない、寧ろ拒絶を示すような振る舞いに、ラファエロは咄嗟に
レオナルドの手首を強く掴んでいた。
「な、ちょ、レオ! 待てよ!!」
「ッつ……!!」
 レオナルドの顔が痛みに歪んだ、と思った時には、ラファエロの手はドナテロの棒に
よって叩き落されていた。
「痛ぇ! 何しやがんだ!」
「レオはこれから出掛けなきゃいけないんだ。多分君には付いて来て欲しくないだろう
から、僕ら二人がストッパーってわけ」
「どう言う意味だよ!! おい、レオナルド!」
 訳がわからなくて噛み付くように名を呼ぶが、レオナルドは怯える子供のように身を
竦ませる。ラファエロに掴まれた手首を庇うように胸に抱き、半歩ほど後退りした。
 そんなレオナルドを気遣わしげに見遣って、ドナテロが微笑む。
「いいよ、レオ。ここは僕らに任せて」
「…………すまない」
 蚊の鳴くような声でそれだけ言って、レオナルドは僅かにふら付きながら逃げる様に
エレベーターへ乗り込んだ。ラファエロは後を追おうとしたがドナテロの棒に遮られて
一瞬足が止まる。その間に、鋼鉄の扉は無情にもレオナルドの姿をラファエロの視界
から覆い隠してしまう。
 ラファエロは縋るような思いで彼を見詰めたが、レオナルドは目を伏せたままで彼の
方を見る事は終ぞ無かった。
「……レオ……」
 普段の彼らしからぬ様子に、ラファエロは先程から腹の内に燻り続けている火種が
一気に燃え上がるのを感じた。
 目の前に踏切の遮断機のように渡された棒を引っ掴んで、持ち主を睨み付ける。
「おい、レオに何があった!? いや、違うな。レオに何しやがった!?」
 常に公明正大で、威風堂々としたレオナルドが、自分に対してあんな態度を取る事
など今までに一度も無かった。
 これは彼の身に何かあったに違いない。
 早くも血が上りかけた頭でそんな推論を打ち立て声を荒げるが、目下最大の容疑者
たるドナテロは薄ら寒い気配を纏わり付かせて笑んだままだ。つい先程レオナルドに
見せていた笑顔とは格段に温度が違う。
「そこで何の躊躇いも無く僕に来るかなぁ。……さて、自分の胸に聞いてみたら?」
「ふざけんなよ、テメェ!!」
「ふざけてるのはどっちさ。ホント、レオって男を見る目が無いんだから。僕にしとけば
良かったのにさ」
「なっ……ん、だとぉ!?」
 遠回しなのか露骨なのかわからないドナテロの嫌味に、眉間に深く皺を刻む。ギリ
ギリと奥歯を噛み締め、ラファエロは腰のベルトからサイを引き抜いた。
「とにかく、そこは通して貰うぞ!!」
「……僕の話聞いてなかったの?」
 獣のように唸って身を低くするラファエロに、ドナテロはひゅん、と棒を回して構える。
「レオには近付かせない、って言ったよね?」
「オイラの事も忘れちゃやーよ!」
「……上等だぜ!!」

 地を這うような声で一声吠えて、ラファエロは床を蹴った。





「……あら?」
 店の裏口をノックする音に、エイプリルはハタキを掛ける手を止めて踵を返した。
「どちらさま? お店に入るなら表からどうぞ」
 もうとっくに開店時間は過ぎているのに、裏から訪ねるとは何者だろう。
 少し訝しんでドアを開けずに誰何すると、ややあってから小さな声が聞こえて来た。
「俺だよ、エイプリル。レオナルドだ。突然すまない」
「まあ、レオナルド?」
 ほんの少し安堵してドアを開ける。そこに立っていたのは見慣れた亀の姿ではなく、
タートルネックのトレーナーにロングコートを羽織ったレオナルドだった。彼の後ろには
バトルシェルが停まっているが、他の三人の姿は見当たらない。
「や、やあ、エイプリル」
 片手を上げて僅かに微笑むが、その動作はどこかぎこちない。
 さては何か訳ありだと女の勘で素早く察知して、普段通りを装いながらエイプリルは
年下の友人を笑顔で出迎えた。
「ハイ、レオ。珍しいわね、あなた一人?」
「あ……うん、そうなんだ……実は、相談したい事があって」
「……OK、お姉さんが聞いてあげましょ。さ、入って」
 レオナルドを店内に招き入れて、エイプリルはカウンターの中に取って返した。棚の
中から『臨時休業』の札を取り出して『営業中』のものと掛け替える。
「ごめん、仕事中だったのに」
「いいのよ、気にしないで。……どうせお客は少ないんだし」
 苦笑して、エイプリルは肩を竦めて見せた。





「いったた……ラファエロってば、手加減無しに殴るんだもんなぁ」
「やだねぇ、恋に狂った男って」
 ぶっ飛ばされた拍子に打ち付けた頭を摩ってミケランジェロがぼやく。疲れた溜息を
付きながらドナテロは冷凍庫を漁って、引っ張り出したアイスバッグを投げてやった。
ミケランジェロは両手で受け取り、鉢巻を巻き付けて頭に載せる。
「ねえ、追い掛けさせちゃってホントに良かったのぉ?」
「レオはシェルサイクルごとバトルシェルに乗ってったし、すぐには追い付けないだろ。
あいつはレオがどこに行ったのかも知らないんだしさ」
「それはそーなんだけどぉ……ほら、ラフの奴めーっちゃくちゃ怒ってたじゃん? もし
あいつがアレ見ちゃったらと思うとオイラ、レオが心配で心配で……」
 不安げに胸に手を当てるミケランジェロを余所にドナテロはさっさと自分のデスクに
戻り、物凄い速さでキーボードを叩き始める。
「これでレオナルドを傷付けるようなら、あいつはそこまでの男だったって事さ。いいん
じゃないの、そうなったら僕本気で奪っちゃうから」
「ドナちゃん怖い、顔怖い」
 冷や汗をかきながら手首から上をぱたぱたさせるミケランジェロ。ドナテロを中心に
室内温度が急降下したようだ。次兄の滅多にお目に掛かれない本気の怒りの片鱗を
目の当たりにして、おちゃらけ専門の末弟は焦る。
 ドナテロのシェルセルが鳴ったのはその時だった。彼が重い息を吐き電話に出ると
周辺の冷えた空気が何とか鳴りを潜めて、思わずミケランジェロはホッとする。
「はい、もしもし? ……やあケイシー、どうしたんだ?」
「え、ケイシー?」

 サンキューケイシー、たまにはいい事するじゃん!

 内心ケイシーに拍手喝采しながら、ミケランジェロは立ち上がってドナテロに近付く。
会話の内容を聞こうと反対側から耳を寄せた。
「あぁ、うん。そう……ああ、エイプリルのところだよ。うん、ラフもそこにいると思うけど。
多分。……OK、わかった。いいって。それじゃ」
 通話を切ったシェルセルを放り投げるように机に戻して、ドナテロは眉を顰め大きな
溜息を付いた。結局殆ど聞こえなかったミケランジェロはおずおずと訊ねる。
「……ケイシー、何だって? 何か慌ててたっぽいけど」
「悪いけど、今は言いたくない……後にしてくれる?」
「え〜……いいけどさぁ」
 ぶつぶつ言いながら元の場所に戻り、落としたアイスバッグを拾って頭に載せる。
 その動作を視界の端に収めて、ドナテロは椅子に体重をかけて両腕をだらりと脇に
落とした。脱力感からか、半開きになった口から洩れ出た言葉が呪詛の響きを伴って
いたのも仕方のない事かも知れない。

「…………ほんっと、碌な事しないな……!」





 一方その頃。
 レオナルドを探して闇雲にビルの上を飛び回っていたラファエロであったが、野生の
勘が働いたのかまたは無意識の内に通り慣れた道を辿っていたのか、いつの間にか
見慣れた建物の前に行き着いていた。
 ビルとビルの間の薄暗い路地には、目的のバトルシェルも停まっている。
「エイプリルの店じゃねぇか。何でこんなとこに……」
 反対側から回り込んで、音を立てずに路地に下りる。一応車の中を覗いて見るが、
当然ながら無人だった。裏口のドアノブに手を掛けてみる。鍵は掛かっていない。
 そっと扉を開き、店内の様子を伺う。やはり店を閉めているようだ。
「……って事は上だな」
 呟いて路地に戻り、非常階段を使って上に上がる。裏の窓に取り付いた時、中から
二人の話し声が聞こえて来たので耳を澄ました。
「…………そう、そうだったの」
「俺、どうしたらいいのかわからなくて……それで」
「大丈夫よ、レオ。きっとすぐ元通りになれるわ……あぁ、そうだ怪我していたのよね。
ちょっと見せて」
「うん……」

 ――怪我? レオが?

 腕を掴んだ時、痛みに顔を歪めたレオナルドの姿が脳裏に浮かんで消えた。
 あれは力が入り過ぎた所為ではなかったのか。
 話の詳細はわからなかったが、レオナルドの怪我は気に掛かる。一体全体、自分の
与り知らないところで何が起こったと言うのだろう。そして、何よりも大切な彼の変事に
気付けなかった己自身に臍を噛む思いだった。
 悟られないように気配を殺して部屋の中を覗く。
 そして次の瞬間、ラファエロの目は驚愕に大きく見開かれていた。
「!」
 服の袖を捲って両の手首をエイプリルの前に出すレオナルド。その手首に巻かれて
いたのはいつもの茶色いバンドではなく、真新しい包帯だった。薄っすらと赤い血が
滲んでいる。
 エイプリルは僅かに眉を曇らせて、そっと包帯を外した。小さな衣擦れの音と共に、
血の色の細い蛇が幾重にも巻き付いたような傷が顔を出す。それは擦過傷と言うより
最早裂傷と呼ぶに相応しいものだと、遠目にもわかる程だった。
「……っつ、……」
「結構、深いわね……ちゃんと消毒はした?」
「うん、一応……」
 そう言って浅く頷くレオナルドの剥き出しの腕にあるものを見付けた瞬間、どこかで
糸が切れるような音を聞いた気がした。





「確か化膿止めの抗生物質があった筈だわ、探して来るからちょっと待ってて」
 言い置いて一階まで下りていくエイプリルの背中を見送り、レオナルドは深い溜息を
付いてソファに身を沈めた。
 すぐに元通りになれる、と彼女は言ったけれど、彼にはあまり自信がない。彼自身、
こんな事は初めてでどうしたらいいのかわからないのだ。
 思わず額を押さえようと手を上げて、手当てしたばかりの手首が目に入った。
「大層な怪我じゃねぇか」
「――――ッ!!?」
 突然響いた低い声に、弾かれたように飛び起きる。背後を振り返ると開け放された
窓の傍にラファエロが立っていた。
「……………………ラ、フ…………」
「らしくねぇな。隙だらけだぜ?」
「…………っ、……」
 全身から怒りのオーラを立ち昇らせたラファエロが僅かに口角を上げる。しかし、目
だけは氷のように冷たく細められていて、レオナルドはぞくりと背筋を粟立てた。彼の
様相が昨夜の事を思い出させて、無意識の内に全身が強張る。ラファエロの視線に
耐えられず、レオナルドは思わず顔を背けた。
 そんなレオナルドの様子を見て取って、ラファエロはずいと歩を進める。びくりと肩を
震わせて、僅かに後退りするレオナルド。
「何で逃げるんだよ?」
「…………!」
 その一言に、レオナルドの足が止まる。
 ラファエロは酷薄な笑みを刻んで、素早くレオナルドの腕に手を伸ばした。
「それとも」
 手を掴んでぐい、と袖を捲り上げる。
「ッ!!」
「オレにこれ見られるのがそんなに嫌なのか?」
 顕になった片腕には真っ白な包帯と、それから小さな赤い痣が一つ。
 ラファエロは短く息を吐いて、慌てて振り払おうともがくレオナルドを突き飛ばした。
バランスを崩して絨毯の上に倒れたレオナルドの上に馬乗りになって、片手で胸座を
取る。もう片方の手で腰からサイを引き抜いた。
「やっ……ラフ、やめ……!!」
「黙れよ」
 掴んだところに切っ先を入れ、勢いよく服を切り裂く。
「!!」





「……やっぱり、な」
 胸元から襟に掛けて肌蹴た布が、レオナルドの肌に無数に散らばった痣を晒した。
伸し掛かったラファエロを押し退けようと抵抗していたレオナルドの腕が、力を失って
床に落ちる。
 これで、今朝から彼の様子がおかしかった理由も全てわかった。
 ラファエロはレオナルドの痣を忌々しげに見下ろし、怒気を孕んだ声で吐き捨てた。
「いい度胸してんじゃねぇか。オレ以外の奴にこんなもの付けさせるなんざ……」
「な……違っ……」
「何が違うってんだよ!! あァ!?」
 苛立ちを隠さずに恫喝すれば、やはりレオナルドはその目に怯えの色を滲ませる。
 その事実に更に激昂し、ラファエロは服に手を掛け一番下まで引き裂いた。両腕を
頭上で一纏めに縫い止めて、脇腹を乱暴に撫で上げる。
「!? や、あ、ラフッ……!!」
「……誰だよ。ドニーか。それともマイキーか?」
「ち、違うっ、そんなんじゃ……ひぁっ!!」
 与えられる強引な愛撫から逃れようと、レオナルドは必死に身を捩る。しかし激しく
怒り狂ったラファエロの力は強く、既に体には力が入らない。
 ラファエロの腕にも眼差しにもいつものような優しさや暖かさが微塵も感じられなくて、
恐慌状態に陥ったレオナルドの脳裏には昨夜の記憶がフラッシュバックしていた。

 無感情な指先に追い詰められて。
 どれだけ泣き叫んでも、止まらない行為。
 酷く乱暴に扱われて、快感など覚える事無く全て痛みに変わり。
 吊り下げられた手首を縛る紐が、血に赤く染まって。

「――――ゃ、だっ…………嫌だぁぁッ!!!」
 レオナルドの悲鳴に混じって、何やら鈍い音が部屋に響いた。





 部屋の扉が開いたのはその時だった。
「「レオナルド!?」」
「エイプリル! ……と、ケイシー?」
 そこに立っていたのは薬らしき小さな紙袋を手にしたエイプリルと、何故だか愛用の
ホッケースティックを杖代わりにしているケイシーだった。
 予期せぬ来訪者に、レオナルドは慌てて上に着ていたコートの前をかき合わせる。
「………………」
 エイプリルはソファの陰にしがみ付くように座り込んでいる乱れた服のレオナルドと、
彼から少し離れた場所で頭を抱えてしゃがみ込んでいるラファエロを交互に見比べて、
傍らのケイシーに低い声で言い放った。
「ケイシー、ちょっとそれ貸して」
 その有無を言わせぬ口調に黙って従うケイシー。優雅に受け取ったエイプリルは、
腰に手を当ててラファエロに歩み寄った。
 漸く頭の痛みから立ち直りつつあったラファエロは、頭上からの不穏な気配に恐る
恐る顔を上げる。
「ラファエロ」
「……よ、よおエイプリル」
「あなたって子は……何て自制がない子なの!!」
「痛ってぇ!! な、何すんだよ!?」
 再び頭に衝撃が走って、ラファエロは涙目になりながら抗議の声を上げる。
 しかし、エイプリルは全く容赦が無い。ホッケースティックをラファエロの鼻先に突き
付け、きっぱりと言い切った。
「ラフ……あなた、本気でレオが浮気をするような子だと思ってるの?」
「……え……?」
「ゆうべの事、よっく思い出してご覧なさい」
 それだけ言って、レオナルドのところへ向かうエイプリル。その背中を呆然と眺めて、
ラファエロは先程の言葉を反芻していた。
 ゆうべの事。昨日。昨日は一体何があった?
 先生が瞑想に出掛けて留守だった。でも、その後は?
「…………………………………………」
「……やっぱり覚えてない、か」
「ケイシー?」
 ひたすら考え込んでいるラファエロを見兼ねたのか、ケイシーが苦い顔で呟いた。
心なしか、顔色が悪いような気がする。
 彼は昨日何があったのか知っているのだろうか。
「まあ、無理も無いか。オレが話すよ。それに」
 そこで一旦言葉を切って、エイプリルに優しく背を撫でられているレオナルドの方に
視線を転じるケイシー。
「……レオにも謝らなきゃいけないしな」

 そうしてケイシーが語った内容は、ラファエロに取ってはまさに寝耳に水だった。





「そーら、よっ!!」
「ぐはあっ!!!」
 強烈な後ろ回し蹴りを食らって、100キロはあろうかと言う男の巨体が宙を舞った。
既に倒れていた他の男たちの上に落ちて、ぐえ、と変な呻き声が洩れる。
 己の足元に累々と転がった仲間たちの山に、リーダーらしき男は先程までの威勢は
どこへやら、焦りに顔を青褪めて後退した。
「どうだい、まだやんのかい、え? パープルドラゴンさんよぉ」
「……や、やべぇ! 野郎共ずらかれぇ!!」
 くるくると器用にサイを振り回しながらのラファエロの台詞に、男が脇目も振らずに
逃げ出した。手下たちも慌ててそれに従う。蜘蛛の子を散らすが如く、あっと言う間に
いなくなったギャングたちに、ラファエロはちっと舌打ちした。
「ったく、懲りねぇ連中だぜ」
「しかし今日はいつになく数が多かったな。他の皆にも手伝って貰えばよかったよ」
 バットを肩に乗せるケイシーに、サイをベルトに戻しながらラファエロは答える。
「無理だって、今夜はレオの奴がガッチリ目を光らせてるからな。スプリンター先生が
いねぇといつもこうだ」
「へぇ? じゃあ何でお前はこんなところにいるんだ?」
「バカ言えよ。先生ならともかく、レオを出し抜くくらいオレには朝飯前だっての」
 ニヤリと笑って意味ありげに指を動かして見せるラファエロ。それを見たケイシーは
ホッケーマスクを上げて意地悪そうな笑みを浮かべた。
「お前にそんなテクニックがあったとは知らなかったなぁ」
「今度教えてやるよ。そう言えばエイプリルとは進んだのか?」
「ばっ……!! 余計なお世話だこの野郎!」
 エイプリルの名前を出した途端、ケイシーが僅かに頬を染めた。照れ隠しなのか、
全力でヘッドロックを掛けて来るがラファエロは動じず、ケイシーの腹に肘鉄を入れて
笑いながら逃げ出した。少し遅れてケイシーが腹を摩りながら後を追う。
「残念ながらオレの方が大人みてぇだな、ケイシー!」
「何だと! 待てこら!」
 一頻りふざけ合いながら街を駆け回って鬼ごっこを続けた後、ふと肩で息をしていた
ケイシーがビルを見上げて言った。
「あれ、ここオレの家の近所じゃないか。ラフ、ちょっと寄ってくか? 飲み物くらいなら
出せるぜ?」
「そういや喉渇いたな。よーしついでにピザでも食うか」
「おいおい、お前らの家じゃないんだからピザが常に準備してあるわけないだろ」
 軽口を叩き合いつつケイシーの部屋に入ったラファエロは、あちらこちらに置かれた
トレーニング器具に感嘆の溜息を洩らした。筋力トレーニングが趣味のような彼には、
中々魅力的な部屋である。
「ほら」
「おう、サンキュー」
 冷蔵庫を漁っていたケイシーが良く冷えた缶を投げて寄越す。片手で受け取って、
プルトップを引き上げた瞬間ぶしゅ、と僅かに泡が吹き出した。炭酸を投げるなよ、と
思いながら一気に呷る。
「ん……?」
 一瞬、微かな違和感に眉を動かしたが、本当に喉が渇いていたので気にせず飲み
干した。
「……ぶはっ、何だこれ、初めて飲んだけど美味いな」
「だろー? やっぱそこのメーカーが一番なんだよなー」
「まだあんのか?」
「おう、何だお前結構行ける口だな! よっしゃ飲め飲め!」
 ラファエロの背中を叩いて、ケイシーは豪快に笑った。





「…………………………それって…………」
 呆然と呟いたレオナルドに向かって、ケイシーはいきなり床に手を突いた。
「すまん、レオ!!! まさかこんな事になるなんて思わなくて……!!」
「………………ケイシー・ジョーンズ?」
 怒りに震える声と共にホッケースティックが目の前の床を叩いて、びくりと身を起こす
ケイシー。先程ラファエロを殴った時とは比べ物にならないくらい恐ろしい形相をした
エイプリルがそこにいた。
「え、エイプリル……」
「信じられない!!! この子達はまだ15歳なのよッ!!?」
「いや、あの、だから」
「未成年にお酒を飲ませるなんて、あなたそれでも大人なの!?」
「エイプリル、や、やめっ……!! ぎゃ――――――――!!!」
「問答無用よ!! 覚悟なさい!!」
 凶器を振り被ったエイプリルから慌てて逃げ出すケイシー。決して狭くはないけれど、
大の大人二人が盛大に暴れるに足りる程この部屋は広くない。
 ラファエロはどたばたと走り回る二人の巻き添えを食わないよう、四つん這いのまま
慌てて部屋の隅っこへ避難した。視線の先に同様に避難して来たらしいレオナルドの
姿を見付けて一瞬躊躇うが、意を決して近付く。
「レオ」
「…………」
 壁に背を預けて膝を抱えているレオナルドはちらりとラファエロに視線を投げるが、
すぐにふいっと目を逸らしてしまう。それは今朝と全く同じ動きだったが、ラファエロの
胸には怒りも焦燥も浮かばなかった。隙間から僅かに覗く手首の包帯と破れた服が、
代わりに棘のようにちくりと心臓の辺りを苛む。
 思わず手を伸ばしかけるが、レオナルドがとても遠い気がして腕を下ろした。
「……それ、オレが……やったんだ、よな」
「…………」
「謝ったって、覚えてないんじゃ意味がねぇけど、でも………………すまねぇ」
「…………」
「……オレが、怖いか?」
 そう問うた瞬間、腕を抱えるレオナルドの指が僅かに強張る。それを肯定と解釈して、
ラファエロは苦笑いを浮かべた。
 随分と、馬鹿なことを聞いたものだ。
 今までの彼の態度を見れば自ずと知れるだろうに。
 何とも未練がましい情けない自分に笑わずにはいられない。
「当たり前だよな。悪かった。……安心しろよ、もうお前には近付かねぇから」
「…………っ!?」
 レオナルドが息を飲む。ラファエロは壁に手を突いてゆっくりと立ち上がった。
「お前が嫌なら……もう、お前には近付かねぇ。家を出たって構わねぇよ」
 本当はそんな事、耐えられる筈もない。
 けれど、それが自分のした事への贖罪になるのなら。レオナルドの為になるのなら、
己の気持ちなどどうでもいい。
 困惑し切った表情で自分を見上げるレオナルドの顔を見詰めて、踵を返した。
 その刹那。

「…………ッ、ラファエロッ!!!」
「――――――ッ!!?」

 重い音がした、と思ったと同時に、視界がぐるりと回転する。
 殴られたのだと気が付いたのは床に倒れた後だった。
 エイプリルとケイシーも思わず動きを止めて振り向く。
「れ、レオ…………?」
 ズキズキと痛む頬を押さえながら、呆然とレオナルドを見る。対するレオナルドは、
片手でコートの前を押さえながらラファエロを殴った拳をぶるぶると震わせていた。
 こちらを睨み付ける目には涙が滲んでいる。
「馬鹿な事言うなよ……ッ!! そ、そりゃ俺だって、辛かったし、お前は全然知らない
奴みたいでっ、こ、怖かったさ! でもっ、だけど……ッ!!」
「……レオ、」
「そ――――んな勝手に、いなくなる、なんて言うなよ…………!!!」
「レオ……っ!」
 声を振り絞るように叫んで涙を零すレオナルドにどうしようもない程胸がつかえて、
ラファエロは思わずレオナルドに手を伸ばす。さっきは届かなかった腕が、今は驚く程
簡単に愛しい存在を捕まえた。
 驚きと喜びに速まる鼓動を落ち着かせられなくて、必死でレオナルドを抱き締める。
するとレオナルドの腕が背中に回されるのを感じて、更に胸が高鳴った。
 つい顔が緩みそうになるのを堪えながら、そっとレオナルドの耳元に囁く。
「ゆ、許してくれるのか? レオ……」
「………………っ……」
 もう声にならないのか、レオナルドは返事の代わりにしがみ付く腕を強める。肩口を
熱い涙が濡らすのがわかって、ラファエロは嬉しさを抑え切れずに微笑んだ。片頬の
痛みですら今は幸せに感じられる。
「レオぉ……ッ!!」
「…………………………………………二人とも。いちゃつくんなら外でやって頂戴」
「あ」
 心底呆れた顔で二人を見下ろすエイプリル。ラファエロがバツの悪そうな顔で腕の
中のレオナルドを見るが、泣き続けていてすぐには落ち着けそうにない。
「……しょうがねぇな……」
「っ!?」
 呟いて、ラファエロはレオナルドを抱き上げた。突然姿勢が変わって、レオナルドが
慌ててラファエロの首にしがみ付く。
「悪いエイプリル、邪魔したな!」
 それだけ言って疾風のように部屋を出て行くラファエロ。遅れて響いて来たエンジン
音に、エイプリルは溜息を付いて肩を竦める。
 しかし、その顔には優しげな微笑が浮かんでいた。

「……全くもう。ホント世話が焼けるんだから」





「だ、大丈夫か……レオ?」
「…………ん……」
 倉庫にバトルシェルを戻して、ラファエロは助手席に座るレオナルドに声を掛けた。
レオナルドは漸く落ち着いたようで、袖口で涙を拭いて小さく頷く。
 その小さな子供のような仕種にドキドキしながら、ラファエロはシートベルトを外して
彼の傍に立った。そっと頬に手を添え、涙に濡れた顔を上向かせる。潤んだ瞳も赤く
染まった目元も僅かに開いた口も何もかもが扇情的で、もう我慢出来なかった。
「レオ……」
「……んっ…………ふ……」
 それでも理性を総動員して合わせるだけの短いキスにとどめて、すぐに開放する。
「……なぁ、レオ……オレ、さっきからもう限界、……なんだけど……」
「………………」
「だ、ダメ……か?」
 レオナルドはほんの少し視線を逸らして、また戻す。
 じっと緊張の面持ちで見詰めるラファエロに僅かに頬を染め、目を伏せた。
「………………いい、けどっ……酷くしたら、嫌だからなっ」
「…………!! お、おうっ、任せとけ!」
 途端にぱっと顔を輝かせるラファエロ。つられてレオナルドも赤面する。
「可愛いな、お前……」
「なっ! 何言って……んぅっ……!」
 再度唇を塞がれて、言葉を途中で飲み込む。歯列を押し割って、ラファエロの舌が
滑り込んで来た。その感触につい逃げ腰になるが、後頭部を掌が押さえているので
逃げる事は出来なかった。
「んっ……ぅ、っふ……あっ……」
 何度も何度も角度を変えて舌を絡め、吸い上げる。その度に洩れ出る自分の声に、
レオナルドは耳を塞ぎたい衝動に駆られる。だが腕は己の意思に反してラファエロに
縋り付くのを止められない。体は座席に座っているのに、何かに掴まっていなければ
ずっと深いところへ堕ちてしまいそうだからだ。
 ラファエロは自分の腕を掴む掌の熱さに満足げに微笑んで、片手でシートベルトを
外した。自分で裂いた服の合わせ目から手を差し入れる。そのまま徐々に手を下へと
滑らせ、ジーンズの中に手を忍び込ませた。
「ひゃっ……!!」
 びくっ、と体を震わせるレオナルド。ラファエロはにやりと笑って、レオナルドの足の
間に顔を埋めた。
「ぁ、やあっ……!! ラフ、やだっ……あ、あぁっ!!」
 ラファエロの頭を押し退けようとするが、強く吸い付かれて力が抜けてしまう。
 容易く乱れるレオナルドに自分自身も熱くなるのを感じながら、ラファエロは中心を
丹念に舐め上げる。既に張り詰めたそこは先走りの蜜を零し始めていた。
「今日はいつもより感度いいな?」
「ッ!! やっ、そ、そんなとこ……でっ喋る、なぁ……ぁんッ!!」
「……お前、ホント可愛い……」
 ちゅ、と音を立ててキスをするラファエロに、レオナルドは真っ赤になって顔を背けた。
肘掛けを握り締める手が小刻みに震えていて、ラファエロは苦笑する。
「……我慢すんなよ。イッていいから」
 そう言って、先端をきつく吸い上げた。
「あ、ぁっ!! …………くぅっ……!!」
「んっ……」
 レオナルドのものを全て飲み込んで、ラファエロは口元を拭いながら身を起こした。
シートに凭れ掛かって荒い息をついているレオナルドのこめかみにキスを落とす。
「レオ……いいか?」
「…………」
 真っ赤になりつつ黙って頷くレオナルドにもう一度キスをして、ラファエロはレバーを
引いて背凭れを倒した。座席の上に乗り上げて、レオナルドの後ろに手を這わせる。
一瞬怯えるような表情を見せた彼に優しくキスをして、そっと囁いた。
「大丈夫だから。……力抜け、な?」
「う……ん……っ」
 レオナルドがぎゅっと目を閉じた。ラファエロは湿らせた指をゆっくりとレオナルドの
中に押し込む。
「……ッ!!! い、っ……!!」
「レオ……力抜けって……」
「あ、あ、ラフッ……あ、うぅっ!!」
 抜き差しを繰り返しながら、徐々に奥へと進んで行く。そしてある一点に達した時、
目に見えてレオナルドの様子が変わった。
「ひあッ!!? や、あ、あぁッ!!」
「……ここか?」
「ゃ、ラフ……っあ、あ、あ、んっ……ぁあっ!!」
 その一点を集中して攻めれば、レオナルドの声に今までとは段違いの艶が混じる。
色を増した声に背筋を粟立てながら、ラファエロは自分の息が荒くなるのを押さえられ
なかった。
 レオナルドの中から指を引き抜き、猛った自分自身を宛がう。
「……レオ……行くぜ」
「――――ッあ……!! ひっ……ぁあ!!」
 指とは桁違いの大きさのものが体内に押し入って、レオナルドは悲鳴を上げた。
「くっ……きっつ……」
「や、あああッ!!! ラフ、ラフッ……!!」
「っは、……レオ……ッ」
 根元まで押し込んで、ラファエロはレオナルドにキスをする。レオナルドはふるふると
震える腕でラファエロにしがみ付いた。
「いいか、レオ……動くぞ」
「……ッ、ん……あ、あっ、あぁっんッ!! やぁっ、あ、ラフ……ぅッ!!」
 腰を動かして、レオナルドを何度も深く貫く。抑える事を忘れた嬌声で名を呼ばれて、
ラファエロは更に自身に熱が篭るのを感じた。そしてそれは彼自身を受け入れている
レオナルドにもハッキリとわかる程の変化であった。
「ぁあっ!? ゃ、あ、ばかっ、ラフ、あ、何、大きくし……ッひ、ゃんっ!!」
「レオ……っお前、可愛すぎ……」
「やっ、ラフ、あっ、あ、ラフッ、っく、ぁ、も、や、あぁッ!!」
「……ああ、わかってる、って!」
 限界が近い事を悟って、ラファエロはレオナルドの一番奥を思い切り突き上げる。
「――――――ッあ、やああああッ!!!」
「……っく……レオ……ッ!!」
 レオナルドが気絶すると同時に締め付けられて、ラファエロも彼の中に放った。





 風呂場で体を清めてやって、そっとベッドに寝かせる。余程疲れていたのか、途中で
レオナルドが目を覚ます事は一度もなかった。
「……よく考えりゃ当然か……」
 自分では覚えていないが、レオナルドの怯え方からして相当無茶をしたのだと言う
事は良くわかった。
 それなのに、彼はそんな暴力を働いた自分を許した。
 その上、再び自分に触れる事さえ許してくれたのだ。
「オレが言えた義理じゃないんだが……お前さ、人が良すぎだろ……」
「……う……んん……」
 僅かに身じろぎするレオナルドの頬を撫でて、ベッドの脇から立ち上がった。
 いや、正確には立ち上がろうとした。
 しかし、いつの間にかレオナルドの手がラファエロの手をしっかりと握っていたのだ。
 まるでどこにも行くなと言わんばかりに。
「……レオ……」
 もう一度ベッドの脇に座り込んで、ラファエロは微笑んだ。
「ごめんな、レオ。……どっか行ったりなんてしねぇから、心配すんな」
「…………ん……ラフ……」
 その声が聞こえたのかどうかはわからなかったが、レオナルドは僅かに嬉しそうに
微笑んで夢の世界へ戻って行った。





 そんな二人の姿を、ドアの陰から覗いている人影二つ。
「……で、どーすんの? 奪っちゃうわけ?」
「…………レオのあんな顔見せられちゃ無理に決まってるじゃん……」

 何にしろ、レオナルド本人がそれでいいと言うのだからどうしようもない。

「だよねぇ。いいなー、ラフってば愛されすぎー!」
「……でも今回だけだからね。次はないと思いなよラフ……」
「いやだから怖いって顔!!」





     END





7000HITリクエストの没ネタでした。嫉妬ラフレオでラフ鬼畜Ver.です。
つか長過ぎ。23ページとか凄い。史上最長です。本番なければ20くらいだったのに(爆)。
嫉妬対象をラフ自身にするとか言う妙な拘りさえ捨てりゃーこんな事にはならなかったのにね(笑)。
KC初登場でしたがいい感じにDQNに仕上がって大変ホッとしました(ヲイ)。
素敵挿絵はレオナル子さんから頂きました♪ ありがとうございます!!(敬礼)