<Lemon Candy>



 ある日のこと。
 洗面台の前で喉に手を当て、発声練習をするレオナルドの姿があった。しかしその
声はどこか掠れている。
「あ、あ〜……ぅー、やっぱり風邪かなぁ」
 朝目覚めた時から喉に違和感はあった。しかし大した事はないだろうと思ったのが
不味かったようで。今やすっかり悪化し、レオナルドの喉は鈍い痛みを訴えている。
(しまったな……)
 置き薬を飲み、うがいをしても喉の痛みは治まらない。
 今日は早く休もうと思い布団に入ってみたのだが、痛みが気になって眠れなかった。
もう一度うがいをして、レオナルドは水を飲もうとキッチンへ向かう。こんな時は水分を
取るに限る。冷蔵庫からペットボトルを取り出してグラスに注ぎ、一気に飲み干した。
 ふと、視界に菓子をしまってある戸棚が目に入る。
(そうだ、飴でも食べればまだマシかも)
 普段滅多に開けない扉の中を覗き込むが、残念ながら目当てのものはなかった。
僅かに落胆して扉を閉じようとしたその時、背後から声が掛かる。
「あれー? レオちゃんがお菓子棚見てるなんてめっずらしーじゃん」
「マイキー」
 振り返るとそこには末の弟が立っていた。何かつまみ食いでもしたのだろう、口元が
もごもごと動いている。
 弟のそんな顔を見て、レオナルドは内心ポンと手を打った。菓子が大好きな彼の事、
家族共用ではない自分専用の菓子でも持っているかも知れない。
「丁度良かった。マイキー、飴を持ってたら少し分けて欲しいんだけど……」
「飴? いいけど……どったのレオちゃん」
 珍しい、と再び口にする弟に、レオナルドは苦笑しつつ答える。
「ちょっと、風邪引いちゃったみたいでさ。喉が痛いんだ」
 正直、喋るのも辛い。
 若干寄せられた眉根に、ミケランジェロの顔も少し歪む。
「ホントだ、声もちょっと変……OK待ってて、飴なら今持って……………………あ」
 ベルトに挟んであった袋に手を突っ込んで、ミケランジェロの笑顔が固まる。
「? どうし……」
「ご、ごめんレオっ! えと、実は……その、飴なんだけど、今オイラが食べてるので
最後……だった…………」
「あー……」
 タイミングが悪かった、とはまさにこの事だ。
 見る見る顔色を失う弟の肩を優しく叩き、レオナルドは笑う。
「それなら仕方ないな。ありがとう、もう寝る事にするっ――ごほ、ごほっ!」
 急に喉が詰まるような感覚が襲い、咄嗟にミケランジェロから顔を背け咳き込んだ。
驚いた弟が慌てて背中を撫でてくれる。
「だ、大丈夫レオ!?」
「けほ、っ……ぁ、ああ、悪い、大丈夫」
 痛みが本格化してきた気がする。これは早々に寝るに限るが、きっとこのままでは
寝付けないだろう。さて、どうしたものか。
 口元を押さえた掌を眺めながらぼんやりと考えていると、隣のミケランジェロが突然
レオナルドの両肩を掴んだ。咳の所為で僅かに屈んでいた上体を引き起こされ、次の
瞬間レオナルドの視界はミケランジェロで覆い尽くされていた。

「……――――ッ!?」

 予想外の出来事に、状況を把握するのが一瞬遅れた。
 目を見開き、弟の腕を振り払う事も出来ずに硬直する。と、薄く開かれたままだった
唇に濡れた何かが押し当てられた。更に舌先で突付かれ、中に押し込まれる。その
刹那、口に広がる小さな甘さ。
 押し込まれたものが飴だと気付いたのは、ミケランジェロの顔が離れた後だった。
「……ちょっとちっちゃいけど、これで勘弁してよね」
 にっこりと、邪気の無い笑顔を向けられて、レオナルドは言葉が出ない。
「…………な………………な……!!」
 ふるふると震える唇から零れるのは、意味を成さない音ばかり。
 何するんだ、とか。
 俺たちは男同士だぞ、とか。
 自分が何したのかわかってるのか、とか。
 言いたい事や言わなければいけない事は山程あるはずなのに、レオナルドの中に
浮かんだのはたった一言。

 ――……嫌じゃ…………なかった……

「〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
「……あっらー、いい反応♪」
 音を立てそうな勢いで真っ赤になる兄の顔を嬉しそうに見て、ミケランジェロは笑う。
するとレオナルドは赤面したまま勢い良くミケランジェロの手を振り解き、キッチンから
猛然と逃げ出して行ってしまった。
「…………」
 残されたミケランジェロは跳ね除けられた掌を見、それから口元を押さえて、天井を
仰いだ。
「……やっちゃったー…………」
 指の隙間から覗くのは、隠し切れない照れ笑い。
 唇に残る柔らかな感触と甘酸っぱいレモンの香りが、ただただ口角を上げさせる。
 これは当分の間、笑いを我慢出来そうに無いな、と思いながら。
「お大事に、レオナルド」
 ミケランジェロは愛しい兄に向けて、遅い見舞いを口にした。





     END





去年(07年)の冬ぐらいには思い付いていたネタでした。(今何月よ)
え、てかこれ初ミケレオじゃね?www 今頃www
おかしいなぁ最初はドナレオよりミケレオの方が占めてたはずなんだけどなぁ(笑)。
つーか短いですね……SSSって言ってもいいくらいの短さです。珍しい。