<赤兜ちゃん>



 昔々、ある所に赤兜ちゃんと言うロボっ子がいました。赤兜ちゃんは本当の名前を
キクチヨと言うのですが、いつも赤い鉄兜を被っているので近所からは赤兜ちゃんと
呼ばれていました。見たまんまかつ何の捻りも無い渾名ですが、赤兜ちゃんは小さい
事には拘らないさっぱりした性格なので何も言いませんでした。
 さて、ある日の事。赤兜ちゃんが薪にする巨木を担いで運んでいると、家の中から
お母さんの呼ぶ声が聞こえます。赤兜ちゃんは荷物を降ろし、お母さんのいる台所へ
がっしゃがっしゃと走って行きました。

「呼んだか? モモタロー」

 体を縮めて台所に入って来た赤兜ちゃんに、お母さんは可愛らしい籠を差し出して
言いました。

「森で一人暮らしのゴロベエ殿が風邪引いて寝込んじまったんです。お見舞いにこれ
持って行ってあげて貰えませんかねぇ」
「ゴロの字が?」

 お祖母さんが寝込んだと聞いて、赤兜ちゃんはかしゃんと小首を傾げました。珍しい
事もあるものです。弓を射られたって華麗にかわす体力自慢のお祖母さんなのに。
 ともかく、赤兜ちゃんは素直に頷きました。お祖母さんにはいつも殆ど会えませんし、
遊びに行くのは随分久し振りです。

「わかった、任せとけ!」
「お願いしますよ」

 どん、と拳で胸を叩いてみせる赤兜ちゃん。頼もしい限りです。
 お見舞いの籠を受け取り家を出ようとした時、お母さんが一つ付け加えました。

「いいかい、森には狼が出るから十分気を付けるんですよ。道草しないように」
「わーってるって! じゃ、行って来るぜっ」
「いってらっしゃーい」

 お母さんに手を振って、赤兜ちゃんは元気良く出掛けて行きました。



「ひーとぉーつー、ひーのぉえーぇのー♪」

 村を出て森に入ると、気持ちのいい風が髪を撫でて行きます。ポカポカ陽気に気を
良くした赤兜ちゃんは足取りも軽く、田植え歌を歌いながら歩いて行きました。やはり
元農民、小さい頃覚えた昔の癖はすぐには抜けません。

「やーしぃろーもたーかぁくー、おーふであーおーぐーぅぞー♪」

 木々の枝には小鳥が囀り、歌声に驚いた兎が飛び跳ねて、森はとても平和でした。
 お陰で赤兜ちゃんは、お母さんの注意をすっかり忘れてしまっていました。

「――――止まれ」
「とーぉおとーしやー……ッ!?」

 きらん。
 横合いから喉元に突き出された刃物の感触に、赤兜ちゃんは足を止めました。面と
襟鎧の隙間に入り込んだ白刃は、少しでも動けば即首を刎ねると言わんばかりです。
勿論赤兜ちゃんはロボですから首を飛ばされたって死にはしないのですが、だからと
言って本当に飛ばされるのはあんまり好きではありませんでした。

「何者だ」

 低い、静かな声でした。この森にぴったりの声だと赤兜ちゃんは思いました。
 目だけを動かして見た声の主はすぐ傍らの木に背中を預け、片手で赤兜ちゃんに
刀を突き付けています。その目はじっと前を向いていて、赤兜ちゃんの方を見ようとも
しません。木洩れ日が作る葉っぱの影が金色の髪にちらちらして、とても綺麗でした。
村では見ない顔です。気配だけでこんなに正確に刀を振るえるなら、もっと噂になって
いてもおかしくありません。一体誰なんでしょうか。
 赤兜ちゃんがそんな事を考えていると、金髪の男はもう一度口を開きました。

「……何者だ」

 赤兜ちゃんははっと我に返り、慌てて言います。

「お、俺様はキクチヨだ!」
「…………赤兜か」

 その答えを聞いて、男は漸くこちらを見たようでした。赤兜ちゃんの事を知っている
のでしょうか。男の質問は続きます。

「どこへ行く」
「……この先の、ゴロベエの家だ。風邪引いたって言うから、見舞いに……」
「…………」

 それを聞くと、男はゆっくりと刀を引き鞘に収めました。そこで初めて、赤兜ちゃんは
男が二刀流である事に気付きました。やっぱり、何だか変わった男です。
 やっと開放されて、赤兜ちゃんは強張っていた体の力を抜きました。何が原因かは
わかりませんでしたが、問答無用で斬りかかられなかっただけ良しとしましょう。

「もう、いいか?」
「…………」

 男は答えません。

「じゃあ、俺行くぜ。邪魔して悪かったな」
「――――ッ……」

 すると、背を向けかけていた男が突然振り返りました。男は前髪で隠れがちな赤い
目を僅かに見開いて、まじまじと赤兜ちゃんを見詰めています。何か変な事を言った
だろうかと赤兜ちゃんは少し心配になりました。

「あ、あのよ……」
「…………何故……」
「え?」

 赤兜ちゃんが聞き返すと、男は小さく首を振り道を外れた森の奥を指差しました。

「いや……見舞いなれば、そこの花畑に薬草がある」
「薬草?」

 鸚鵡返しに訊ねる赤兜ちゃんに、男は頷きました。

「赤い、花の根を煎じて飲ませろ。大概の症状に効く筈だ」

 それだけ言うと男は再び踵を返して立ち去ろうとしましたので、赤兜ちゃんは慌てて
男の赤いコートの背中に声を掛けました。
 何だかよくわからないけれど、悪い人では無さそうでしたから。

「お、おい、待てよ!」
「……」

 男が立ち止まります。赤兜ちゃんは少し考えた後、お見舞いの籠からお握りを一つ
取り出して男に差し出しました。
 怪訝そうな顔付きの男に、赤兜ちゃんは笑って言いました。

「……?」
「わざわざありがとな! こんなモンしかねぇけど、受け取ってくれ!」

 黙って赤兜ちゃんの顔を見詰めていた男でしたが、赤兜ちゃんが視線を逸らさずに
男の目を見ているのでやっと受け取る気になったようでした。

「………………かたじけない」

 ほんの少しだけ笑みを浮かべて、お握りを手に取ります。赤兜ちゃんはホッとして、
相好を崩しました。
 誰かに親切にされたら、必ずお礼をする事。
 お父さんやお母さんがいつも、赤兜ちゃんに言い聞かせている事です。
 赤兜ちゃんは二人の言い付けを守れたので嬉しくなりました。
 そして、この目の前の男が少しだけ、好きになりました。
 男は表情が読み辛くてちょっと怖かったのですが、ちゃんと笑ってくれましたしね。

「それじゃ、またな!」

 にこりと笑って片手を上げて、赤兜ちゃんはたった今男に教えて貰った花畑の方へ
走って行きました。
 お薬を取ってお祖母さんの家に行ったら、あの男の事を話そう。変わっているけれど、
親切な人だったと大好きなお祖母さんに話して聞かせよう。
 赤兜ちゃんはそう決めて、わくわくする心を一層弾ませるのでした。





「それは狼だな」
「なぬっ!?」

 お祖母さんにそう言われて、赤兜ちゃんは目を丸くしました。
 あの後お祖母さんの家に着いてお見舞いの品を渡し、お茶を飲みながらあの男の
話をすると、お祖母さんは少し考えてからそう言ったのです。

「猟師のヘイハチ殿から聞いた話だが、少し前からこの森に住み着いているそうだ」

 金髪に赤いコート、そして二刀流。
 聞いていた通りだと、寝込んでいる割に結構元気そうなお祖母さんが言いました。

「へぇ〜……あいつが狼…………」

 全然気付かなかった、と頻りに驚く赤兜ちゃん。
 不意に、赤兜ちゃんの頭にお母さんの言葉が蘇りました。

――森には狼が出るから十分気を付けるんですよ――

「へへっ……」
「ん、どうした? そんなに嬉しそうな顔をして」
「何でもねぇー」

 赤兜ちゃんは小さく笑って、カップのお茶を飲み干しました。

 家に帰ったら、お母さんに教えて上げよう。
 狼はそんなに悪い人じゃないってね。
 訊きそびれてしまったから、今度会えたらちゃんと名前を聞こう。
 友達になれたらいいな。





 一方その頃、ねぐらに帰って来た狼はずっと赤兜ちゃんの事を考えていました。

「あれが、赤兜……」

 本当に、噂通りの変わった人間だった、と狼は思いました。
 この森に来てから、動物たちの噂の端々に現れる赤兜ちゃんと言う名前。
 気立ての良い、優しい子だと専らの評判で、狼は以前から一度会ってみたいと常々
思っていたのです。
 この性格の所為でずっと独りで、でもそんな事全く気にしなかった狼なのに。
 不思議と、赤兜ちゃんの名前に狼は惹き付けられました。理由はわかりませんが、
そう思ったのです。なのに、やっと出会えた赤兜ちゃんにあんな事をして。第一印象は
最悪、いや寧ろ絶望的とすら思われました。
 でも赤兜ちゃんは狼を怖がるどころかお礼を言って、笑顔を向けてくれました。
 本当に変わっています。
 ですが、とても嬉しい事でした。

「……キクチヨ、か」

 ふと、狼はずっと手に持ったままのお握りに視線を落としました。見詰めると、赤兜
ちゃんの笑顔が浮かびます。あんな風に優しい笑顔を向けられたのは初めてでした。
 一口齧ると、程よい塩の味が口の中に広がります。
 またな、と赤兜ちゃんは言ってくれました。
 また、会えるでしょうか。
 会えるといいな、と狼は思いました。





      END





童話パロ第一弾(!?)は赤頭巾ちゃんでした。はいはい基本基本。
しかし思い付いてしまったからには書かずにはいられない……!!!(笑)
勿論キュウゾウが狼なんですが、獣耳も獣尻尾も獣手足も何も付いてません(爆)。
お前は狼の定義を何だと思っているのかと小一時間程問い詰めたい。
「本当はエロいグリム童話(笑)」なのに健全で、食われる展開を期待していた(笑)方には申し訳ないです。
需要があればエロも書くかも(マジで!?)。