<かえるのこはかえる・1>
「さぁ皆、お迎えだぞー」
「使ったモンはちゃんと片付けろよー」
「「「はーいっ」」」
園長であるカンベエが門の所で保護者を迎えているのを背景に、部屋の中に先生
二人の号令が掛かる。それに元気よく返事して、園児たちがバタバタと「お片付け」を
開始する。
「キララ、コマチ」
「ばあさま!」
教室のすぐ外まで来ていた祖母に呼ばれ、姉妹が笑顔で駆け出した。その後ろ姿を、
キクチヨの足に隠れるようにして見ているのはカツシロウ。そんな彼に、老婆は優しい
笑みを向ける。
「カツシロウ」
「……はいっ!」
そこで漸くホッとしたように力を抜いて、カツシロウは三人に駆け寄った。
セツに連れられ帰って行く姿を見送って、小さく溜息を付くゴロベエとキクチヨ。
「やはり今日も、だな」
「大変だよなぁ、カツの字もよ」
そうこうする内に園児の数が一人減り二人減り、六時を回る頃には残っているのは
キュウゾウだけになっていた。
「……お前のお迎え今日も遅いなー」
「いつものことだ」
赤のクレヨンを握り締め、スケッチブックに向かうキュウゾウの表情は無表情のまま。
その声には落胆も寂寥も感じられない。
全く困ったものだと呆れつつ、キクチヨはキュウゾウの傍に座り込んでいた。
「……寂しくないわけ、ないだろうに」
カツの字は家の事情で半分キララん家に預けられてる状態です。
<かえるのこはかえる・2>
「待たせたな、キュウゾウ」
「ヒョーゴ……」
「おっ、来たか?」
キュウゾウにクレヨンなどを片付けに行かせ、ようやっと現れた保護者に近付いた。
「えと、キュウゾウの親父さんで?」
「ああ。……そうか、お前が『キクチヨせんせい』か」
色眼鏡の奥の目を僅かに細めてキクチヨを見た男は、納得したように頷いた。突然
初対面の人間に名前を言い当てられて驚くキクチヨだったが、よく考えればこの体だ。
少しでも話が行っていればすぐにわかる事である。
「ふむ……なるほど、中々……」
「?」
今度はじろじろと観察され、居心地の悪い思いをする。一体何だと言うのだろう。
と、唐突に男がキクチヨの手を取った。
「どうだ、
今度食事でも……」
「
は?」
「あれには母がおらん。だがお前ならあれも懐いているし」
「や、ちょ、あの、何の話……」
「
ヒョーゴッ!!!」
どかっ!!
「……キュウゾウ。父を呼び捨てにするとは頂けんな」
「ふざけるな!! せんせいはおれのだ!!!」
「ふっ、笑止! 保育園児の分際で色恋に現を抜かすなどと」
「おまえこそ!!」
「俺は大人だからな。全く問題ない」
「
問題だらけじゃねーか!! つーか一体何の話だよ!?」
ウチのヒョーゴさんは確実に盲目です。色んな意味で(笑)。
<かえるのこはかえる・3>
父親と睨み合っていたキュウゾウが不意に反転してしがみ付いてくる。
「せんせい! せんせいはおれとけっこんするとやくそくしたな!?」
「あ……まぁ…………した、けど………………」
が、伸びて来た手に首根っこを掴まれ、猫の子よろしくぶら下げられた。
「やめんか、キュウゾウ。ウチの愚息が迷惑をかけてすまんな、キクチヨ」
「
呼び捨て!?」
「では、今日はこれで。いずれ、また」
「はなせヒョーゴ!!」
「……何だったんだ、一体……」
後部座席に息子を放り込んでエンジンをかける。
「ヒョーゴ……」
「何だ」
「ほんき、なのか」
「……だとしたら?」
「おまえには、ぜったい、まけない」
「ふん…………馬鹿め」
僅かに笑みを浮かべて、ヒョーゴは車を出した。
一方その頃。
「ゴロベエ、
塩を持て!!」
「はいはい」
「何やってんだよカンベエ……」
……と言うわけで新たなライバルは親父でした(笑)。
園児なのに苦労してるなァ、キュウゾウ。