「よし……じゃあ、開けるぞ?」
 梯子の下段にいる弟たちを振り返ると、三人共ほんの少し緊張した様子で頷いた。
どきどきと早鐘を打つ胸を小さな掌で押さえて、頭上のマンホールに手を伸ばす。
 弟たちの期待の眼差しが注がれているのがわかる。
 指が触れる。
 金属の冷たさが、忙しなく動く心臓を更に慌てさせる。
 大丈夫。
 すう、と息を吸う。
 大丈夫。
 腕に力を込める。
 だって、今日は特別な日。

 だって、今日はハロウィンなんだから。



     <Happy? Happy! Halloween!!>



『では、次のニュースです。一週間後のハロウィンを控え、NYシティは……』
 ある日の事。
 テレビを見ていた四人の目に、今までに見た事も無い光景が飛び込んで来た。

 例えば丹精込めて育てられ、一週間後の為に収穫されて積み上げられた、大きな
大きなカボチャの山。
 オモチャ屋さんや雑貨屋さんの棚に所狭しと並べられた、少しだけ怖い顔の付いた
カボチャや黒猫、コウモリに魔女、真っ白いお化けたちの飾りやヌイグルミ。
 街灯や公園の木々に、黒とオレンジのキラキラした糸で出来たモールを巻き付けて
いたり、ビルとビルの間に「Happy Halloween」と書かれた垂れ幕を吊り下げたり、
沢山のお菓子作りに余念が無い大人たち。
 楽しそうに仮装の為の衣装の図案を画用紙に描いたり、布地を切ったりしている、
大勢の子供たち。何の仮装かと聞かれて嬉々として答える子もいれば、「秘密!」と
悪戯っぽく笑う子もいた。

「わぁ……」
 どこか浮付いた地上の様子に、小亀たちは目を奪われていた。
 それはハロウィンの準備に忙しいNYの街を映したもので、何の変哲も無いニュース
映像だったのだけれど。人間の暮らしを全く知らず、最近やっとニュースキャスターの
発する単語の意味を理解し始めたばかりの子供たちには、全てが酷く新鮮なものに
感じられたのだ。
 ニュースが終わっても、兄弟たちは暫くテレビを凝視したままだった。やがて、誰から
とも無くのろのろと口を開く。
「ねぇ、今の……」
「……はろうぃん、だっけ」
「面白そうだったね……」
「うん……お祭りって、ああいうものなのかな?」
「おまつり!?」
 ぼんやりと呟かれた言葉に、ミケランジェロがソファーの上で飛び上がった。
「オイラ、お祭り行った事ない!!」
「わ! 急に揺らすなバカ! そんなの、オレだって行った事ねぇよ」
 押されてソファからずり落ちそうになったラファエロが弟を睨む。
「行ってみたいね、一度でいいから」
 しみじみとしたドナテロの言葉に頷くレオナルド。
「そうだな。でも……」
 ちら、と後ろを振り返る。父親は食料を探しに出てまだ戻っていない。
 いつも、地上に出てはならないと口を酸っぱくしている父が、許してくれるだろうか。
「ええー! ヤダ、オイラ行きたい! いーきーたーいー!!」
 ソファの上で地団太を踏むミケランジェロをもう一度睨んで、ラファエロが大きく手を
振り上げた。
「いいじゃねーか! ダメで元々、頼んで見ようぜ!」
 もしダメだったらこっそり行けばいいんだし、と付け加えて笑うラファエロ。
 それに苦笑しつつ、それにさ、とドナテロが言った。
「今の見て思ったんだけど。ハロウィンってさ……えっと」
 顎に手をやり、必死に記憶を探りながら言葉を探すドナテロ。レオナルドがすぐ察し、
その後を継いで口を開く。
「お化けのお祭り、みたいだよな?」
「そうそう!」
 我が意を得たり、とばかりに手を叩く。
「さっきもテレビの人が言ってたけど、子供はお化けの格好するんでしょ? だったら、
僕たちの格好も……」
「そっか! わざわざ服着て人間の振りしなくてもいいんだ!」
 合点が行って、先程のドナテロと同じように手を叩くレオナルド。
 子供が皆お化けやモンスターの格好をするなら、亀の姿のままでも問題ない。寧ろ、
本物みたいに良く出来た仮装だと思われるだろう。
「すっげぇドニー、あったまいー!」
「決まりだな! それじゃ早速……」
「何が決まったのじゃ?」
 突然背後から声がして、四人はびくりと飛び上がった。慌てて振り返れば、袋を手に
提げた父親の姿。テレビが付いていないのに、まだソファに居残っている息子たちに
首を傾げているようだ。
「遅くなってすまなかったの。それにしても」
「「「「せっ…………先生――――――――――――――ッ!!!」」」」
「ぬおぉっ!?」
 いきなり息子たちに飛び掛られて、スプリンターは目を白黒させる。
「あのねあのね、オイラの一生のお願い!!」
「なぁ頼むよ先生!!」
「だからね、大丈夫なんですよ!」
「お願いします、先生!!」
 腕にぶら下がったり足に組み付いたり尻尾を引っ張ったり胸にしがみ付いたり。
 耳元で、大声で、訳のわからない事を連発する子供たちに父親はほとほと困り果て、
立派な髭をすっかり垂らしてしまった。
「わ……わかった、わかったから落ち着きなさい、息子よ…………!!」





 ぽかん、と口を開けるしかなかった。
 マンホールの蓋を閉めるのも忘れて、呆然と路地裏に立ち尽くす。
 もう夜だから、きっと前のような景色は見られないと思っていた。それなのに。
「………………す…………っごい……」
 薄闇に染まりつつある街が、まるで大きなかがり火のように輝いていた。
 街中にぼんやりと浮かび上がるカボチャたち。通りを歩いている大勢の仮装行列。
歓声を上げて走り回る小さなお化けの集団。飾りと言う飾りが、光を反射して明々と
煌めく。風に乗って、どこからか歌声と甘い香りが漂う。
 身体の外に溢れ出る人々の興奮の熱気と、街中のロウソクの光が列を成し群れを
成し、混ざり合い溶け合いざわめきとなって広がっている。
 肌に触れる、外の夜の、祭りの空気。
 ただただ大きく開かれていた口が、徐々に徐々に、笑みの形を作る。
 さざめく熱に背を押し出されるように、美しい光に引き寄せられるように。
 四人はこの日の為に自分たちで一生懸命作った小さなバケツの取っ手をぎゅうっと
握り締め、先生が縫ってくれた色違いのマントを翻して、祭りの只中へ飛び込んだ。
 近くにいた人間が、少し毛色の変わった仮装の子供に目を留めて声を掛ける。
「やあ、こんばんは。君たち面白い仮装だねぇ。それは何のモンスターかな?」
 初めて人間の大人と話す四人は、僅かに緊張しながら男性を見上げた。
「こ……こんばんは!」
「え、えっと、亀です。亀のお化け」
「へぇ、亀のお化けかぁ。そのお化けはどんなお話に出て来るんだい?」
「あー……その……」
 返答に窮していると、男性の背後から中学生くらいの女の子が一人現れた。黒猫の
仮装をしていて、赤毛が黒に良く映えている。
「もう、おじさん! 忙しいんだから手伝ってよ……あら?」
「ああ、すまんすまん。ほら、こんな仮装は初めて見たからつい、な」
 女の子はまじまじと四人を見詰め、胸の前で手を組んで緑色の瞳を輝かせた。
「きゃー、かっわいい! これ自分で作ったの?」
「う、うん」
「すごーい! 器用なのねぇ」
 手放しで褒められて、何だか照れ臭い。
 そこで女の子は、四人の持っているバケツに気付いてあら、と腕に下げた籠の蓋を
開けた。
「君たち、ハロウィンは初めて?」
 こくりと頷くと、優しく笑って籠からキャンディを一掴みバケツに入れてくれた。からん
からんと言う軽やかな音に、ミケランジェロがきゃぁ、と歓声を上げた。
「あ……ありがとう!」
「私ね、あっちでお父さんの手伝いしてるの。いつでも来てね、可愛い亀さん!」
 女の子はにっこり笑って、おじさんと一緒に歩き出した。四人が慌てて手を振ると、
黒い毛皮に覆われた細い腕を元気に振り返してくれたけれど、すぐ人込みに紛れて
見えなくなってしまった。
 バケツの底には、カラフルな包装紙に包まれたキャンディが誇らしげに鎮座している。
何だかとてもくすぐったい気分になって、四人はもう一度女の子に手を振った。





「えっへへ〜、大猟、大猟!」
 クッキーにキャンディ、マシュマロ、ラムネにパイにチョコレート。
 色取り取りのお菓子で満杯になったバケツを抱えて、公園のベンチに並んで座る。
広場では大きな火が焚かれていて、立ち昇る煙が月に届きそうだった。揺らめく炎に
合わせて動く人の影が、宛ら幽霊のようにも見える。
「ほら見てこれ! こーんなでっかいキャンディー!」
「オレのだってすげーぞ、ほら!」
「わ、レオそれなーに?」
「えへへ……リンゴ飴だって」
 甘い香りのお菓子は見ているだけで楽しくて、一口食べれば素晴らしい美味しさで。
四人は思わずとろけそうな笑みを浮かべてしまう。
「「「「おっ……いしぃ〜!!」」」」
 戦利品を口いっぱいに頬張って、きらきらと輝く星空を見上げた。
 秋の澄んだ空気は、高い空からの光を真っ直ぐ届けてくれる。
 ロウソクの明かりに照らされた夜空は何重もの黒を重ね、ありとあらゆるものの影を
浮かばせ、影の境を滲ませる。
 これが、もうひとつの外の世界。
 自分たちの、夜の世界なのだ。
「………………きれい………………」
 するりと言葉が口から零れて、レオナルドは我に返った。
 そして隣が騒がしい事にやっと気付く。
「いったぁ〜い!! ラフがぶったぁああ〜!」
「お前がオレの分まで食おうとするからだろ!!」
「僕しーらないっと」
「おい、やめろよ二人とも! ドニーも止めろってば」
 慌ててバケツをベンチに置いて今にも取っ組み合いを始めそうな弟達の間に割って
入るが、相当力が入っているのか中々二人を引き剥がせない。
「もう! こんな日にまでケンカするなよ!」
 そう叫んだ時だった。

 ベンチの後ろの暗がりから、白い幽霊が顔を出したのは。

「よー。ハッピーか? 坊主共」
「「「「うわぁッ!!?」」」」
 唐突に現れた人影に、兄弟は腰を抜かす程驚いた。四人揃ってベンチからずり落ち、
ベンチの背に腕を乗せているシーツのお化けをぶるぶると見上げる。
 そう、それは確かにシーツのお化けだった。頭からすっぽりと大きなシーツを被り、
目の所だけ丸く穴を開けてある。それだけなら特に怖い事は無いのだが、如何せん
声が。何と言うかドスが利いていて物凄く怖い上に、穴から覗く目は眼光鋭いことこの
上ない。
 固まって縮み上がっている兄弟を見下ろして、シーツお化けはぽりぽりと頭をかいた。
「あー……そんなビビんなよ。取って食いやしねぇから」
 その声音に苦笑いの色を感じ取って、四人は恐る恐る立ち上がった。
「お、おじさん、誰? 何?」
「オレか? オレは……えーと」
「ただの通りすがりの幽霊だよ。驚かせてゴメンな?」
 そう言って林の中からもう一人シーツお化けが現れたので硬直するが、今度は随分
優しそうな声だったので少し安心する。
 ただ、後から来たお化けの顔に、穴が開いてないのが気になると言えば気になるが。
 優しい方のお化けは怖い方のお化けに小声で「見るだけって言っただろ!」と言い、
四人に近付き順番に頭を撫でてこう言った。
「悪かったね。君たちがあんまり楽しそうだったんで、つい」
 言われて、思わず顔を見合わせる。
 楽しそう?
 思い切りケンカをしていたはずなのだが。
 そんな子供たちの怪訝な様子を察したのか、優しい方のお化けはくすりと笑う。
「……ケンカ出来るって事は、幸せなことなんだよ」
「???」
 更に首を傾げる四人に今はわからなくてもいいよ、と告げて、優しい方のお化けは
踵を返した。怖い方のお化けを促して、林の方へ去って行く。良く目を凝らすと、林の
中にも誰かいるようだった。

 ――二人のお化けと同じくらいの大きさの人影が三つと、どこか見覚えがあるような
小さな影が、一つ――手を、振っている。

 と、怖い方のお化けが足を止め、ほんの少しだけ振り返った。
「いいか、お前ら。家族は大事にしろよ? ああ、それから……ごちそうさん」
「え? あっ! オイラのキャンディ!!」
 見れば、お化けの手の中に小さな飴が一つ。
 ハッピーハロウィン、と挨拶して、二人のお化けは暗がりの中へ消えてしまい。
「ひっどーい! オイラのお菓子ぃー!!」
 一人憤慨する弟を他所に、何故か頭の中に浮かぶ『自業自得』、と言う言葉に首を
捻る兄たちだった。





     END