修行を終えて、夕食を取って。互いに「おやすみ」を言い合って部屋に戻って。
 その時までは、いつも通りの光景だったのだけれど。



     <Hot Head>



 不意に生まれた部屋の外の気配に、俺はロウソクの炎から視線を外した。
 壁の影に立っているらしい気配の持ち主は、少し躊躇っているようだ。まぁ、確かに
時計の針はとっくに12時を過ぎている。こんな夜中に誰かを訪ねるのは(幾ら俺たち
自身が一般的に非常識な存在だとしても)流石に非常識と言うものだろう。
 だが、今まさに俺を呼ぼうかどうしようか迷っている人物にしては、らしくない。
 普段ならそんな事など一切気にしない弟だったから、俺はほんの少し笑ってしまう。
 仕方ない奴だなぁと呟きながら、俺は立ち上がって入り口に近付いた。半身を出す
ようにして覗き込めば、予想通りの姿が所在無げに立っている。
「どうしたんだ? そんなところに突っ立ってないで入って来いよ――ラフ」
「! レ、レオ……」
 気付かれていないとでも思っていたのか、俺の姿を見て驚くラファエロ。結構前から
思ってたけど、お前って気配消すの下手だよなぁ。俺たち一応忍者なんだぞ?
 何て事を思いながらも口には出さない。何か用事があって訪ねて来たんだろう彼を、
わざわざ怒らせるような真似はしたくないし。
「ほら、入れよ。悩みがあるなら聞くぞ?」
「あ、お、おう、悪い」
「いいって。兄弟だろ」
 いつもミケランジェロと冗談ばかり言ったりしている彼が、こんな風にしどろもどろに
なってしまう時は何か大切な、或いは心からの言葉を言おうとしている時だから。
 ラファエロを部屋に招き入れて、俺はベッドに腰掛ける。他に椅子なんて置いてない
から隣を薦めたが、ラファエロはちょっと挙動不審な様子で辞退した。そうこうしている
間も、切り出す言葉を探しているのかラファエロは落ち着かない。これは相当深刻な
話かも知れないと、内心気を引き締めた。勿論、相談相手の俺が緊張していたら話し
にくいだろうから、表面上はリラックスしたままだけど。
 そう言えば、子供の頃にもこんな事があったような気がする。
 理由は忘れてしまったけど、あの時もラファエロが俺を訪ねて来て。
 俺たちぶつかり合ってばかりだったから、兄として頼られた事が凄く嬉しかったっけ。
それから色々話をして、俺のベッドで一緒に眠った。遅くまで起きてたから次の日寝坊
しちゃって、先生に怒られたんだったな。
 懐かしい記憶を思い返している内につい微笑んでしまっているのに気付いて、俺は
慌てて目の前のラファエロに意識を戻す。まずいまずい、話を聞く立場の俺が意識を
飛ばしてたら意味がない……って、あれ?
 何だ、これ。
「…………ラフ?」

 何で、こんな近くにラファエロの顔があるんだ?
 いや、それより。
 何で俺、ベッドに押さえ付けられてるんだろう。



 オレは今この時程、自分の性格を呪った事はない。
 兄弟曰く、「口より先に手が出るタイプ」。
 それは自分でも自覚しているし、治せと言われて簡単に治せるようなものでもない
から(言い訳臭いが)どうしようもないとも思うけれど。
 だからって、何で、こんな。
 いきなりこんな事するつもりじゃなかった。
 でも、レオはオレの気持ちになんか気付きもしないで、ずっと無防備で。
 おまけに、あんな風に笑いやがって。
 気が付いたら、オレの腕はレオナルドの肩に伸びていた。
 どうせなら我に返らなけりゃ良かったのに。
 オレはいつもそうだ。アクションを起こしてから、後悔しちまう。
 ベッドに押し倒したレオナルドは自分の置かれた状況をさっぱり理解してないのか、
きょとんとした目でオレを見上げてくる。
 そんな目で見るなってんだ、畜生。
 どこまで天然なんだよお前は。
 部屋は静かで、自分の鼓動がやけに煩く聞こえる。
 レオナルドの肩を掴む手に、僅かに力が篭る。
 ああ、クソ、もうどうにでもなれってんだ!
「レ……レレ、レオッ」
 ぐああっ、噛んだ! カッコ悪ィ!!
「お、オレ、オレは、その、あの、……お前、がっ」
 オレの勢いに気圧されたのか、レオは黙ってオレを見ている。
「…………………………すっ………………………………〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
 必死で声を絞り出そうとするが、喉が凍り付いたように動かない。
 じっとオレを見上げるレオの目から、視線が動かせない。
 その真っ直ぐな視線に耐えられなくて、オレはぐったりとレオの胸に突っ伏した。
 情けねぇ……たったの一言、たった二文字の言葉が何で言えねぇ!?
 ふざけた台詞や皮肉ならいつも、幾らでも言えたってのに。
「ラ、ラフ!?」
 突然倒れた(ように見えた)オレの様子に焦ったのか、体の下でレオがもがく。中途
半端な体勢の上に脱力し切ったオレが全体重をかけているから、そう簡単には抜け
出せないだろうけどな。
「おい、ラフ! ラファエロ! どうしたんだお前、具合でも悪いのか!?」
 起き上がるのを諦めたらしいレオナルドの片手が、気遣わしげにオレの腕や甲羅を
叩く。その優しい仕種に嬉しくなるのと同時に、妙に鬱屈した気持ちが頭をもたげる。
 人の気も知らないで。
 具合が悪い? ああ、確かにそうだ。
 きっとオレは、ガキの頃からいかれちまってたんだ。
 だがよ、その責任の半分くらいは、お前にあると思ってもいいよな?
 だってオレは昔から、お前だけを追いかけて来てたんだから。
「……責任、取れよな」
「え? ラ――――んぅっ!?」
 言って唐突に身を起こし、レオナルドの口を自分のそれで塞ぐ。驚愕に目を見開き
抵抗しようとするが、オレは素早く両の手首を掴みベッドに縫い付けて動きを封じた。
スプリングが僅かに軋む。
「ふっ……ぁ、う……んむぅ…………ッ!」
「……っ、レオ……」
「ッ!」
 次第に深くなるキスに、レオナルドが怯えたようにびくりと身を竦ませる。苦しいのか、
きつく閉じられた目尻には涙が浮かんでいた。
「…………っん、……ぷはぁっ!! はぁ、はぁっ……」
 そろそろ潮時かと判断して、オレはレオナルドを解放した。流石にこれ以上はオレの
理性も持たない。何て言うかその……今のレオは物凄く、「クル」ものがあるし。
 最中殆ど息をしてなかったんだろう、軽い酸欠状態で焦点の合わないぼんやりした
瞳は、普段の奴からは滅多に拝めるモンじゃない。泣いた所為で赤く染まった目元も、
ロウソクの明かりに照らされて酷く扇情的に映る。乱れた声もそれに拍車を掛ける。
 まあ、一言で言えばエロい。
 これで無自覚なんだから性質が悪いったらないぜ全く……。
「…………ッ、ラフ……」
 名を呼ばれてレオを見ると漸く意識を取り戻したのか、茶色の瞳が不安げにオレを
見上げている。
「ラフ……何で、こ、こんな、事……」
「何って、そのまんまの意味だよ」
 わからねぇ程馬鹿じゃねぇだろ?
 にやりと笑って、押さえ付けていた手を離す。代わりに指を絡ませて目の前に引き
上げ、見せ付けるように指先に一つキスを落とした。
「ッ!」
「……覚悟しとけよ?」
 それだけ言って、オレは部屋を後にした。





「やぁMr.ヘタレ」
「……テメェ喧嘩売ってんのかドニー」
 翌朝。
 人の顔を見るなりそう言ったドナテロに、オレは思い切りガンをくれてやった。勿論、
その程度でビビるようなタマじゃないが。
「一応これでも褒めてるんだよ? だってさぁ、僕が何度も気を利かせて二人っきりに
なれるようお膳立てしてあげたのに、君ってば全然モーション掛けないんだもん。僕も
いい加減イライラしちゃって。もしこれで押し倒しといて何もしなかったらキング・オブ・
ヘタレの称号授与式を開いてたところさ」
「そりゃありがてぇこって……」
 思わず式典の様子を想像してげんなりする。コイツの場合本気でやりかねない。
「何々な〜に〜? 何の話〜?」
「何でもないよマイキー、それよりピザ焼いてたんじゃなかったの?」
「おっとぉ、そうだった! ピザは焼き加減が肝心ってね!」
 目敏く首を突っ込んで来たミケランジェロを華麗に追っ払って、ドナテロはオレに向き
直る。手馴れてんなコイツ。
「でも、あんまりのんびりしてると危ないよ? レオってあれで結構好かれるタイプだし、
誰かに取られちゃうかも」
「と、取られるって誰にだよ」
「うんまぁ候補は色々いるけど、例えばケイシーとか」
「はぁ!? 何でケイシーなんだよ、あいつはエイプリルと……」
「いや何となく。ラフとケイシーって似てるし、仲良いし、好みも似てるかなって」
「そんな理由かよ!」
 下らねぇ。………………………………………………一応、後で聞いてみるか。
「あ、おはようレオ」
「!」
 急にドナテロの口から出た名前に、不覚にもぎくりとしてしまう。
 覚悟しろ、なんて言ったはいいが、覚悟が必要なのはオレも同じだ。
 て言うか、昨夜の自分を思い出すだに恥ずかしい。
「おはよう、ドニー…………あ」
 今にもダッシュで逃げ出したい気持ちを必死に堪える。耐えろオレ、忍者だろ!
「……よ、よう」
 片手を上げて、ぎこちなく挨拶するが。
「…………ッ、マ、マイキー! 今日のトッピングは?」
 レオナルドは風のようにキッチンへと消えてしまった。
 多少の予測はしていたが、ここまで過剰反応されるとこの先少し不安になる。こんな
調子では半径5mに近付いただけで、文字通り雲隠れされそうな気が……。
 ぽんと肩に手が置かれ、振り返るとドナテロが楽しそうに笑っていた。
「良かったねぇ、ラファエロ。脈ありそうじゃない」
「は? どういう……」
「レオの顔見なかったの? 凄く……」



「うわーレオ顔真っ赤じゃん! どしたの風邪ー?」
「い、いや、そうじゃないんだ」
「ふーん? そうそう、今日はレオの好きなリンゴもあるんだよ、ほら!」
 エイプリルに貰った籠から大きなリンゴを一つ掴み出してぽんと放る。レオナルドが
嬉しそうな顔をしたので、ミケランジェロも嬉しくなった。
「剥くの手伝ってくれる? レオの方が包丁使うの上手いしー」
「ああ、いいよ。マイキーの分はうさぎリンゴにしてみようか」
「やたっ、レオちゃん大好きっ!」
 包丁を探すレオナルドの甲羅に背後からしがみ付く。
「こら、止せよマイキー。危ないだろう?」
「えっへへー♪」
 そう言いつつもレオナルドは決して振り解いたりしないから、ミケランジェロに取って
彼は一番甘えさせてくれる相手でもある。
 末っ子って得だなぁなどと思いながら、ミケランジェロは口の中で小さく呟いた。
「……ドニーったら、ラフにばっかり肩入れするんだから……」
「? 何か言ったか?」
「んーん、気のせいじゃなーい?」

 何だっていいけどさ。
 取り敢えず、レオナルドの癒し&和みポジションは絶対譲らないからね!

 ミケランジェロはそう固く決意して、しがみ付く腕に力を込めた。





     END





レオに始まりマイキーで終わる。やっぱりタートルズは四人揃ってこそだよなぁ……!
ラフレオ描写に滅茶苦茶時間掛かったのに翌朝からはスラッスラでしたよ(苦笑)。
ラフは普段ヘタレだけど、切れると鬼畜になります(爆)。二重人格か。
長兄が皆を見守ってるつもりが愛されてて、三男がそんな長男の天然振りに振り回されて、 次男がそれを生暖かく応援し四男が長男に甘えまくる。
うちの亀関係は大体こんな感じです。
因みにケイシーはドニーの冗談ですが、実際候補にはウサギとか沢木とか(ぇ)色々います。
沢木絶対レオ狙いだよあいつ……! 他の亀の名前とか絶対知らないよ……!(笑)