爆熱丸奮闘記〜恋愛編〜


「今日こそは、この想いを伝えるぞ……!」

早朝の爽やかな空気に反して、爆熱丸の周囲は蜃気楼が発生している。
 少し(とは言い難い)気合の入り過ぎの感がある主人の姿にもう慣れてしまったのか、
彼の愛馬・炎天號は引く事も無く主人のやや後ろを歩きながら首を傾げた。

「火火ん?」

 何の事かわからない、と言った風な炎天號に、爆熱丸は軽く振り返った。

「おお、炎天にはまだ言っておらんかったか。実はな、縁談を申し込もうと思うのだ」
「火っ火ん!?」

いきなりの爆弾発言に炎天號は瞠目した。爆熱丸に仕える様になって随分経つが、
今まで浮いた話ひとつ無かった主人がついにその気になったとは……。

 とは言え、爆熱丸もそろそろいい年ではある。
 いい加減、ここらで身を固めて貰った方が落ち着きも出ようと言うもの。

そんな考えに至った炎天號は、それならば、と取り敢えず喜ぶ事に決めた。しかし、
そうなると一体誰が主人の手綱を握ってくれる事になるのだろうか?

「火っ火火ん?」
「む、相手は誰だと? 何を言う、そんなのキャプテンに決まっておるだろうが」
「火っ………………!?」

今度こそ、炎天號は固まった。そんな家臣の様子には気付きもせずに、主人は歩を
進める。えらく上機嫌で、鼻歌まで歌い始める始末。

「? どーした炎天、置いてくぞー」

 振り返るその顔は、幸せ満載の笑み。

「……火っ火〜ん!!!」

恐ろしくなった炎天號は、青い空に向けて吼えた。



「あ、爆熱丸! 今日は早いね、どうしたの?」

普段よりも随分と早い時間に自宅を訪れた武者頑駄無に、シュウトは元気良く声を
かけた。

「おおシュウト、元気そうだな! やはり男児は健康でなければならん、うん!」
「???」

テンションも普段より高い爆熱丸。おまけに何かを探すように忙しなく辺りを見回す
様は、いっそ不審人物に近い。

「あー……ごほん! と、ところでキャプテンの姿が見えんが、どうしたのだ?」
「キャプテンなら、今日はSDG基地の方にいるよ。調整日なんだって」
「そ、そうか」
「キャプテンに用事?」
「あ、あー、まあ、そんな所だ」

 明後日の方を見ながら言葉を濁す。と、いつもふらふら視界に入る騎士ガンダムの
姿が見えない事に今更気が付いた。

「そう言えば……ゼロの姿も見えんな?」
「ああ、ゼロならキャプテンの調整に付き合うって一緒に……」
「ぬわにぃ!!!??」
「うわ!」
「おのれ〜ゼロの奴め! 俺を差し置いてキャプテンと二人っきりになるつもりか!! 
そうはさせんっ行くぞ炎天!!!」

 言うが早いか炎天號の背に跨り走り出す。

「ああ、待って爆熱丸! 僕も一緒に……」
「こらシュウト! 宿題がまだ終わってないでしょ」
「すまんシュウト! 今は一刻を争うのだ!!」
「そんなぁ〜」

 あっという間に見えなくなる武者頑駄無。
 伸ばされた手もそのままに、シュウトはガックリと項垂れた。



 所変わってここはネオトピア上空・SDG基地。

「じゃあキャプテン、軽くネ、軽〜くヨ」
「はい、主任」

 ビームサーベルを手にしたキャプテンは、強化ガラスの向こう側で踊るカオ・リンに
軽く頷いて見せる。その隣にはつまらなさそうに口を尖らせるガンイーグル。

「な〜んで俺じゃなくてあのキザ騎士なんだよ主任〜」
「君は地上の接近戦には向かないからね。仕方ない」
「ちえっ、折角キャプテンに稽古付けて貰えると思ったのに〜」

 答えるのが主任だろうが長官だろうが彼にとっては然したる問題ではないらしい。
キャプテン命の音速の翼は生意気な口調でそっぽを向いた。

「こちらの準備は完了だ」
「手加減はせんぞ、キャプテン」
「よろしく頼む」

 模擬戦闘用実験場で、キャプテンとゼロの打ち合いが始まった。
 相手の一撃を盾で防ぎ、素早く次の一撃を繰り出す。流れるような剣戟の音が響く
中で、微かな地響きが聞こえてきた。

「…………地震?」
「どうかしたのかね、ガンイーグル」
「いや……何か揺れてるような……っ!?」

 足元から伝わる僅かな揺れを訝しんだガンイーグルの台詞に被って、廊下の奥から
物凄い地響きが迫って来た。

「なっ…………!?」

「キャプテ――――――――――ン!!! 無事か――――――!!?」

 自動ドアをぶっ飛ばし、飛び込んで来たのは真っ赤に燃える武者頑駄無。

「爆熱丸!?」

これには流石のキャプテンも驚いた。斬りかかるゼロもまた然り。
 だがしかし、ロボは急には止まれません。

 ――さくっ。

「あ。」
 意外と軽い音を立てて。
 余所見をしたゼロの剣が、同じく余所見をしたキャプテンの右手を切り落とした。

 一瞬の間を置いて。

「「きぃやぁ―――――――――――――!!!!!!」」

 爆熱丸とガンイーグル、二人の悲鳴が綺麗にハモった。



「チョワ〜!! 折角調整したのにまたやり直しネ」
「すみません、主任」
「キャプテンが謝る事無いですよ! 悪いのはコイツ等なんですから!!」
「う……」
「す、すまん、キャプテン……」

 怒り心頭のガンイーグルに睨まれ、決まり悪そうに俯くゼロと爆熱丸。
 寝台に寝かされたキャプテンの傍にぴったり張り付いて、ガンイーグルは尚も叫ぶ。

「俺のキャプテンにこんな大怪我させといてそれで済むと思ってんのかよ!」
「もうやめろ、ガンイーグル」
「キャプテン!?」

 慌てて振り返り、キャプテンの手を握り返す。

「私なら大丈夫だ。すぐに主任が直して下さる」
「そ〜ゆうことネ。ワタシに掛かればこのくらいチョチョイのチョイヨ〜」
「爆熱丸に悪気があった訳ではないし、勿論ゼロも悪くは無い。余所見をして攻撃を
受けられなかった私に落ち度がある」
「そんな! キャプテンは悪くないですよ!!」
「それに、爆熱丸は私を心配して慌てていたそうだ。彼を責めないでやってくれ」

 そう言ってこちらを見上げるキャプテンは、心なしか微笑んでいるようで。
 ガンイーグルは何故か、ちくりと胸が痛んだ。

「キャプテン…………」
「うおおおおお!!! 何と言う懐の深さ! 流石はキャプテン、惚れ直したぞ!!」

 俯いたガンイーグルを押し退けるように、滝の涙を流した爆熱丸が割って入った。
無事だった左手をガンイーグルから奪い取り、熱の篭った視線でじっと見詰める。

「ちょっと! 何するんッスか武者さん!!」
「爆熱丸……?」

 ガンイーグルの抗議もキャプテンの戸惑いも軽くスルーして爆熱丸は続ける。

「やはり俺にはお主しかおらん! キャプテン!!」
「な、何だ?」

 手をこれでもかと言う程きつく握られ、おまけに顔をずずいと間近に寄せられれば、
いかなキャプテンと言えども狼狽するだろう。しかも向けられる目の中には燃え盛る
炎。ソウルドライブ発動時の自分もこんな感じなのだろうかとキャプテンはぼんやりと
場違いな事を考えた。
 だもんでほんの少し思考回路が止まったらしい。


「キャプテン! 俺と……結婚してくれ!!!」


 たっぷり10分間。
 凍り付いたMD開発ルームで最初に解凍されたのはやはりと言うかガンイーグル。

「ちょぉっと待ったぁああああああ!!! 何勝手にキャプテン口説いてんだよ!! 
キャプテンは将来俺のお嫁さんになる人なんだぞ!!!」
「なぁにを言うか小僧ッ子! 大人のキャプテンが貴様みたいな子供を相手にする訳
なかろうが!!」
「つーかキャプテンをキズモノにしておいてプロポーズなんて図々しいんだよ!!」
「だから責任取ってキャプテンの面倒は俺が見ると言っている!」
「あの……二人とも……」
「全く、美しくない! プロポーズと言うものはもっと美しくするものだ」
「……爆熱丸。天宮の結婚はネオトピアの結婚とは違うものなのか?」

 キャプテンはかなりどうでもいいことを真剣に考えていたらしい。

「私の辞書に登録されている結婚は男女が夫婦になること、だが」
「案ずるなキャプテン! 我が天宮の国ではその辺は全く問題無い!!」

 武者の国・天宮、恐るべし。

「そうなのか」
「ああッ納得しちゃダメですよキャプテン!」

 大事なキャプテンを天宮なんかに嫁に行かせてなるものかとガンイーグルは必死で
説得を開始する。ついでに爆熱丸を突き飛ばしてキャプテンの手を奪い返した。

「大体、俺達MDと武者頑駄無じゃ結婚なんか出来ませんよ! だって武者頑駄無は
ロボット生命体なんでしょうが! 俺達純粋なロボットとは違いますよ!!」
「確かにそうだな」
「そうですよ! それに結婚したってキャプテンに子供は産めないし」
「それはお前も一緒だろーが!!」
「俺は主任に俺とキャプテンの子供を造って貰う予定なんだからいいの!!」
「俺だって子が出来ずとも一向に構わん! キャプテンがいてくれればいい!!」
「何を〜〜〜〜〜〜」
「うぬぅ〜〜〜〜〜〜」

 ガンの飛ばし合いを始めた二人を他所に、マイペースに作業を続けていたカオ・リン
主任はようやく顔を上げた。

「ホワ〜! 終わったヨ、キャプテン!」
「ありがとうございます、主任」

 礼を言い、寝台から降りる。途端に二人が勢い良く詰め寄った。

「キャプテン! 結婚するのは俺とですよね!?」
「キャプテン! 俺と共に天宮へ行こう!!」
「二人とも。私はSDGのMDだから、それは私が決定することではない」
「…………と」
「言うことは……」

 ゆらり、と視線が二つ、影の薄かったハロ長官へ向けられた。

「え?」
「長官!! 俺とキャプテンの結婚を認めて下さいッス!!!」
「長官、いや義父上!! どうかこの爆熱丸にキャプテンをッ!!!」
「あ……えーっと…………じゃ、私はこれで!」

 しゅばっ、と音がしそうな勢いでハロ・逃亡。

「長官! 何で逃げるんッスかー!?」
「お待ち下さい義父上ー!!」


 SDG基地内での追いかけっこは、それから5時間は続いたとか。










「チョワワ〜! 武者頑駄無のナノスキン、研究してみたいかも知れないネ〜」

 キャプテンが改造される日もそう遠くない……かも。




END?