イライラ。
 イライラ。
 あぁ、苛々する。



        苛々



「おっ花ちゃ〜ん♪ お水のお時間ですよ〜♪」

 部屋中に呑気な声が響く。声の主は元ダークアクシズ戦闘隊長のザッパーザク。
 しかし、最早その肩書きは見る影もない。元々隊長らしい隊長だったかと問われれ
ば否と答えるしかないけれど、それでもこうなる前は自らを評して悪役と宣まう気概は
持っていたのだ。
 それが今や平和を愛し武器を恐れ、挙げ句の果てには有機物を愛でる始末。敵の
艦内清掃に命を懸けるその姿勢には、流石の仲間達も唖然とするしかなくて。
 ……ただ一人、グラップラーグフを除いては。


「今日もよく働いたな〜! 明日も早いんだオメーらも早く寝ろよ〜」
「はいザコー」
「おやすみなさいザコ」

 そそくさと寝に向かうザコソルジャーとデストロイヤードムを見送って、ザクは持って
いたモップを壁に立て掛け「今日も一日ご苦労様でした」と拝み始めた。

「……おい」

 背後からの不機嫌な声に振り返れば、真後ろに立ったグフの目がこちらを見下ろし
ていた。

「何だ、オメーもモップ様拝みに来たのか?」
「……」

 ならば場所を空けてやろうと体をずらした途端、グフの手がモップを思いっ切り跳ね
飛ばした。

「なっ……!」

 モップは宙を舞い、乾いた音を立て床を滑った。その行方を目で追い、あまりの事に
自失していたザクが漸く我に返り、抗議をしようと振り向いた瞬間。
 彼は床に押し倒されていた。
 両肩を掴んで床に縫い止め、馬乗りになったグフの目はまるで彼の爪のように鋭く、
ザクはぞくりと身を震わせた。

「な……何すん」
「抵抗しないのか?」

 台詞を遮って囁かれた声は酷く冷たく。

「それとも……そんな根性も忘れちまったか?」

 片頬に浮かべる笑みは酷薄な嘲笑。訳もわからずただ呆然とするザクに苛立ちを
募らせ、グフは乱暴に彼の唇を奪った。

「んぅっ……!!」

 貪るようなそれは悪戯にザクを怯えさせるだけだったが、構いはしなかった。無理矢
理口腔内に侵入し、逃げる舌を執拗に捕らえて吸い上げる。散々蹂躙した後、グフは
やっとザクを解放した。

「は……はぁっ」

 荒い息をつくザクは、潤んだ瞳をぼんやりと彷徨わせた。呼吸が落ち着き、焦点が
合った赤い瞳には恐怖の色がはっきりと浮かんでいる。それが更にグフの神経を逆
撫でした。

「……何だよその目は」

 グフの眼光の鋭さに、ザクは思わず目を背けた。しかし強く顎を捕まれ無理やり前を
向かされる。

「いつもみたいに睨み付けて怒鳴ってみろよ」

 そう促しても怯えた瞳は伏せられるばかり。

「この野郎……何とか言えよ!!」

 怒鳴り付ければ大袈裟な程にびくりと竦み上がり。ルビーのような瞳からは透明な
雫が零れ落ちた。

「――っ!!!」

 その後の事は、よく覚えていない。



「……最悪だ俺は……」

 胡座をかいて自己嫌悪に頭を抱えるグフ。ちらりと後ろを振り返れば、着衣の乱れも
そのままに横たわるザクの姿。流石にそのままでは障りがあるかと自分の上着をか
けてやったが、何だか余計にいかがわしくなった。怒りに任せて気絶するまでやって
おいて何だが、やり過ぎたかと今更ながらに後悔する。

「あぁ、後で悔やむから後悔か……って違う!!」

 普段はやらない一人ノリツッコミまでする辺り、相当テンパっているようである。
 当のザクはと言えばすっかり疲れ切ってぐったりとしていた。頬には涙の跡が幾筋も
残り、汗ばんだ額に赤い髪が張り付いている。

「これじゃどこから見ても……」
「立派な強姦だな」
「な!?」

 思いもかけない人物の登場に、グフの目が思い切り見開かれた。

「お、お前、起きて」
「あれだけ大きな声出されたら嫌でも目が覚めるドム〜。あ、ザコ達は当て身しといた
から大丈夫よん」

 実際は当て身と言うよりただ単にぶん殴っただけなのだが。
 ドムは足音を忍ばせてひょこひょことザクに近付き、傍らにしゃがみ込んで彼の髪を
労わるように優しく撫でた。

「可哀想ドム。ザクのせいじゃないドム〜」
「……わかってるさ」

 これはただの八つ当たり。
 大事なものを守れもせずに、むざむざ捕虜に甘んじている。そんな自分に腹が立っ
て、何も出来ない自分が情けなくて、あんなに可愛がっていた部下達の事も自分たち
との事も、まるで忘れてしまったような彼の態度が納得出来なくて。

「思い出させてやろうと思ったんだ」

 忘れたと言うのなら、怒らせてでも無理矢理にでも。喧嘩っ早くて怒りっぽくて負けず
嫌いな彼だから、きっと挑発すれば乗って来るだろうと。

「んで結局歯止めが利かなくなってケダモノ化?」
「心を読むな!!」

 実際、洗脳がここまで根深いとは思わなかった。決して自我は弱くない筈のザクな
のに。

「ま、でも気持ちはわかるドム〜」
「あ?」
「折角押し倒しといて何もしなかったら勿体無いし。据え膳食わねば男の恥ドム?」
「あのなぁ……」

 呆れて頭をかきつつ、否定出来ない自分に苦笑する。ここの所ご無沙汰だったのも
事実だ。

「ん……?」
「ドム?」

 小さな呻きを洩らして、ザクが身じろぎした。気が付いたかと慌てて近付く。

「ザク?」
「…………ん……な」

 どうやら寝言のようだ。とにかくこのままにしておく訳にも行かないので、グフはくたり
としたザクの体を抱き上げた。

「ん…………グフ……」
「……ザク?」

 気を失っている筈のザクの手が、グフの胸元を掴んでいる。薄く開かれた唇に耳を
寄せた。

「……ごめん……な」
「――――!!」

 ザクの顔を覗き込むが、瞼は閉じられたまま。

「全く……バカ野郎が」
「ドム?」
「さっさと帰って来いってんだ……」

 俯いて、喉の奥から搾り出すような声で吐き捨てるグフは、何故か泣いているように
見えた。



「ザク様―……早く一緒にダークアクシズに帰りたいザコー……」

 ちょっと涙ぐんだザコの寝言に、ドムはあやすように頭を撫でてやった。

「心配ないドム。きっと帰って来るから……」

 そう、きっと帰って来る。
 だって皆がこんなに待っているんだから。

「帰って来るに決まってる」


 だから今は。

 少しだけ、待っていよう。



       END



リアルタイムで見てた頃の奴なんで微妙に設定がおかしいです。
あの頃は本気で洗脳を信じてたので(笑)。

ザッパーちゃんは今の自分に疑問は持っていないけれど、グフ達が昔の自分を
待ち望んでいる事は知っている。でもどうしても昔のようには振舞えなくて、それを
申し訳なく思っての「ごめんな」だったのです。
まぁこじつけるなら目的の為に嘘をつき続けている事への謝罪、と言う事で(笑)。