こころ



 事の起こりはガンイーグルの一言からだった。

「パーティ?」

 偵察飛行から帰還した直後、キャプテンに駆け寄りこの台詞。

「そうですよ! 今日は特別な日なんですから、盛大にお祝いしなきゃ!!」
「しかし……今日は祝日でも何でもないぞ?」

 首を傾げるキャプテンに、ガンイーグルは笑う。

「やだなぁキャプテン、忘れたんですか? 今日は俺とキャプテンが初めて出会った日
ですよ!」
「そうだったか?」
「ほら、丁度良くいい酒も手に入ったんです」

 得意げに瓶を差し出すが、あっと言う間に彼の手からその姿が掻き消えた。

「あ!?」
「ほぉ、酒か! ネオトピアのモノも中々旨そうではないか」
「ちょっと、何するんッスか武者さん!」

 繁々と眺める爆熱丸の手からワインを奪い返し、守るように抱き締める。

「ワインをそのように扱うとは、美しくないぞ!」

 ピカリと光ったかと思えばワインはクーラーボックス入りでゼロの手に。

「全く、ワインの扱い方も知らんのか! いいか、ワインと言うものは女性のようにデリ
ケートな」
「どーでもいいから返せよキザ騎士!」

 今にも飛び掛かりそうなガンイーグルを抑え、キャプテンは二人に向き直った。

「やめろ、ガンイーグル。ゼロ、爆熱丸、良ければ一緒に飲まないか?」
「キャプテン!?」
「構わんのか?」
「ああ、こう言う事は大勢の方がいいのだとシュウトが言っていた」
「ならば遠慮なくご一緒させて頂こう」
「勿論俺も行くぞ!」
「な……キャプテーン!? ちょっモガッ」

 慌てて伸ばした手も虚しく、両脇から押さえ付けられ口も塞がれる。

「既に決まった事だ。今更どうこう言うのは美しくないぞ?」
「キャプテンと二人っきりになるつもりだろうがそうはいかん!」
(みっ……見抜かれてる!?)

 二人っきりの部屋でキャプテンを酔わせてあ〜んな事やこ〜んな事、なんて計画は
どうやら失敗のようで。
 意地悪い二つの視線に気圧されて、ガンイーグルはがっくりと肩を落とした。



「キャ〜プ〜テ〜ン! 何で俺と付き合ってくんないんですかあぁ〜っ」
「ガンイーグル、少し飲み過ぎだ」

 飲み始めて数時間後、真っ先に潰れたのはガンイーグルだった。

「泣き上戸か、こやつ……」
「こんな体たらくでよくもまぁ……」
「もう寝た方が良くはないか?」

 見兼ねたキャプテンがそう促しても、

「嫌だあぁぁ〜! キャプテンと離れたくないぃ〜」

 キャプテンの腰にしっかりしがみ付いて離れない。

「駄々っ子か貴様。美しくない……」
「こぉら! キャプテンから離れんか!!」

 爆熱丸が引っ張ってもビクともしない。

「ガンイーグル、我侭を言うんじゃない」
「む〜……じゃ、キャプテンがキスしてくれたら離れます」
「「なっ……!!!」」

 酔っ払いの戯言に本気でいきり立つ二人。

「おやすみのちゅー」
「ガ、ガンイーグル」

 目を閉じてキスをせがむガンイーグルに思わず逃げ腰になるキャプテンだが、腰に
がっちりしがみ付かれている為逃げようにも逃げられない。

「キャプテンからしてくんないんだったらぁ……」

 いつまで経ってもアクションが無い事に痺れを切らし、ガンイーグルは据わった目で
キャプテンの頬に手を添え顔を寄せた。

「キスと言わず……襲っちゃいますよ?」
「貴ッ様ァ! ふざけるのもいい加減に……」


「やめてくれ!!!」


 ドン、と言う音と共に。
 尻餅を付いてキョトンとするガンイーグルと、怯えるように顔を背けるキャプテン。

「……キャプテン?」

 呼び掛けに、はっと肩を震わせる。

「――――すまない……失礼する」
「キャプテン!」

 逃げるように部屋を出て行くキャプテンを、真っ先に追い掛けたのは爆熱丸。

「ゼロ! そいつは任せたぞ!」
「こら爆熱丸!」

 抗議の声も虚しく、ゼロは酔っ払いと共に部屋に取り残された。

「全く……一体どうしたと言うのだ」



「キャプテン!!」
「爆熱丸……」

 建物の外まで走った所で、爆熱丸は漸くキャプテンを捕まえた。

「一体どうしたのだ? いつものお主らしくないではないか」

 そう、いつもならガンイーグルの猛烈なアタックにも殆ど動じないキャプテンなのに。

「あんなもの、酒の席の悪ふざけだろう」

 ついさっきまで自分もその悪ふざけに本気で怒っていたのだが。
 とにかくキャプテンの気を鎮めようと当り障りの無い事を口にする。

「酔っ払いの戯言だ、気に病む事も無かろう」
「……酔っていたからこそだと思うのだ」
「何?」
「酔えば感情は剥き出しになる。普段は理性で抑えられている本心が、表に出やすく
なるんだ」
「うむ、確かに」

 キャプテンは静かに目を伏せる。その仕草が妙に艶っぽくて、爆熱丸はどぎまぎした。

「ガンイーグルが私を好いてくれているのは知っている。私も多分……彼を好きなの
だと思う」
「なぬぅ!?」
(ま……まさかキャプテン、あんな小僧に惚れてしまったのかぁ!?)

 顔面蒼白で固まっている爆熱丸には気付かず、キャプテンは言葉を続ける。

「シュウトやゼロ、爆熱丸……SDGの皆も、好きなのだと思う」
「あ、あぁ、そう言う事か」

 あからさまにほっとする爆熱丸。

「だが私には……感情と言うものがわからない。彼に好きだと言われても、どうしたら
いいのか……わからないんだ」
「キャプテン……」

 爆熱丸は唐突に理解した。
 キャプテンはまだ子供なのだと。
 卓越した戦闘技術や指揮能力・外見に見合った話し振りは恐らく、彼が生まれた時
から持っているもの。
 キャプテン達モビルディフェンダーと呼ばれるガンダムの事はよく知らないが、ガン
ダイバーズの例を見れば彼らが生まれた時からあの姿なのだと言う事は明らかだ。
 そしてキャプテンが誕生したのも、そう昔の事ではないのだろう。もしかすると一年も
経っていないのかも知れない。
 それは生まれたばかりの頑魂が、大人武者の体を持ってしまったようなもの。
 愛する事も愛される事もまだ知らず、恐れている。
 彼の心は未だ子供の侭なのだ。
 黙ってしまった爆熱丸の態度を戸惑いと取ったのか、キャプテンは顔を背けた。

「すまない、こんな事を聞かせてしまって。忘れてくれ」
「キャプテン!!!」

 咄嗟に、爆熱丸はキャプテンを抱き寄せていた。

「ば、爆熱丸?」
「恐れるなキャプテン……恐れる必要など無い」

 少し見開かれた青い瞳が、驚きの色を滲ませている。抱き締める腕に殊更力を込め
た。目の前の存在がこの上なく愛しい。

「お主にはソウルドライブがあろう? 俺の頑玉と同じ、魂の輝きが……」

 胸の頑玉がキャプテンの胸に触れている。キャプテンのソウルドライブもそこにある
筈だ。こうして触れ合わせる事で、自分の想いを伝えられればどんなにいいか。抱き
締めるしかない自分が不甲斐無くて仕方が無い。

「俺を感じてくれ、キャプテン。恐れるな」
「爆熱丸……」
「俺は、お前を愛している」
「!」

 腕の中の体が強張るのがわかる。

「怖がらずに聞いてくれ。俺はお前が知っていてくれるだけでいいのだ」

 青い瞳をじっと覗き込む。

「俺がお前を愛していると言う事を、知っていてくれるだけでいい……」
「爆熱丸……」

 願わくば、彼がその想いを躊躇う事の無いように。

「悩む事は無い。愛されるのは当然の権利だ」
「権利?」
「そうだ。愛される事に返答が必要などと誰が決めた? お主の心の命じる侭、行動
すれば良い事だ」
「それは……私のソウルドライブに訊ねると言う事か?」
「その通りだ! 流石キャプテン、飲み込みが早い」

 勇気付けるように笑い掛ければ。
 僅かな逡巡の後、微かではあるが、本当に。

 キャプテンが、微笑っていた。

「キャプテン、お主……笑っているのか?」
「え?」

 キャプテンは目をぱちくりさせた。

「私は今、笑っていたのか?」

 爆熱丸が頷くと、不思議そうに目線を下げた。

「何故だろう。爆熱丸を見ていたら、胸の辺りが温かく感じた」
「キャプテン……!」

 無意識ならではの発言に、爆熱丸は感激に目を潤ませた。


 ああ、これはもしや。


「そうだキャプテン、それがお主の心だ」
「私の……心……」

 そう呟いた次の瞬間、キャプテンの両腕がゆっくりと爆熱丸の背に回された。

「な……キャ、キャプテン!?」

 さっきよりずっと近付いた顔に、爆熱丸は顔を真っ赤にして狼狽える。

「……何故か、こうしたいと思ったのだが……まずかっただろうか?」

 そう上目使いに見詰められては、最早何も言えなくなる。


 自惚れても、いいのだろうか。


 ぶんぶんと首を横に振って見せると、キャプテンの表情が少し和らいだ。

「ありがとう。優しいな、爆熱丸は……」
「そ、そうか?」
「私に笑顔を教えてくれたのは爆熱丸、君だ」

 シュウトがくれた楽しいと言う感情とは違う、胸の奥から浮かび上がるような暖かい
気持ち。

「こんな気持ちは初めてだ……穏やかで、安心出来る」

 爆熱丸の胸にそっと頭を預ける。

「愛すると言う事はまだわからないが、君に愛していると言われて……嬉しかった」
「キャプテン……」
「爆熱丸は、返答はいらないと言った。そんな事を言ってくれたのは爆熱丸だけだ」
「ガンイーグルの事か」

 得心がいって、爆熱丸は頷いた。

「所詮奴はまだ子供だと言う事。気にするな」

 ただひたすら愛して欲しいと全身で訴えるのでは、キャプテンには受け入れる事は
出来まい。
 己とて愛されたいと思わないでもない。だがそれ以上に自分が彼を愛したいのだ。

「俺は待つ覚悟は出来ている。ゆっくり学んで行けば良いのだ」
「……すまない、私は君に甘えているな」
「何を言う。キャプテンはもっと甘えていいのだ」

 ネオトピアの為だけに生み出され、ネオトピアの為だけに死ぬ。そんな人生があって
たまるものか。彼は任務などとは無縁の世界で、平和に暮らすのが一番なのだ。ネオ
トピアのモビルディフェンダーではなく、一人のガンダムとして。
 夜空を仰ぎ見れば、見事な満月が浮かんでいる。それを眺めて、爆熱丸はふとある
事を思い付いた。

「……一つ、提案があるのだが」

 抱き締めるキャプテンにそっと囁く。

「いつか、ダークアクシズを倒した暁には……我が国へ来る気は無いか?」
「私が……天宮へ?」

 こちらを見上げるキャプテンに、小さく笑む。

「天宮は良い国だ。お主にも是非見せたい」

 誰も彼を知らない場所で、誰に従うでもなく穏やかに暮らす。緑豊かな田舎でのん
びり過ごせば、きっと心を育てる助けになるだろうから。

「……勿論、気が進まなければ」
「そんな事は無い!」

 反射的に飛び出た己の言葉に驚いたのか、キャプテンの瞳が開かれる。いつになく
声を荒げたキャプテンに、爆熱丸はポカンとした。

「キャプ、テン?」
「あ……」

 どうすればいいかわからない、と言った様子で俯いたキャプテン。ほんの少し思案し
た後、目を閉じて背伸びをする。

 次の瞬間、柔らかな感触が頬を掠めた。

「――!」
 爆熱丸が呆けた隙を突いて、キャプテンはするりと腕の中から抜け出した。
 思考回路が停止した爆熱丸はそれに気付かず、のろのろと頬に手をやる。

 ……今の、は。

「爆熱丸!」
「!!」

 呼び掛けに我に返れば、視線の先には扉に手を掛けたキャプテンの姿。

「私に、誰かを愛する事が出来るなら……」

 柔らかに微笑んで。


「きっと、君を愛したと思う」


 おやすみ、と屋内へ消えたキャプテンの顔は、月明かりに赤く染まっていて。
 爆熱丸は抑えた頬が一気に熱くなるのを感じた。

「〜〜〜っ……」

 ああ、これでは。

「どうしたって自惚れてしまうではないか……」

 押さえた手の下で、堪え切れずに笑いが洩れる。


 照れ臭くて恥ずかしくて、でもどうしようもない程嬉しくて。



 恋と言うものは、実に難儀なものである。



       END



 一方その頃。

「キャ〜プテ〜ン! どこですかぁあ〜!!」
「よくもこの私に酔っ払いの世話をさせてくれたな! 爆熱丸の奴……!」

 自分だってキャプテンを追い掛けたかったのに。
 結局二人とも帰って来ないし。

「ただでは済まんぞっ! 爆熱丸め!!!」

 哀れなゼロの叫びは、月夜の空に虚しく消えた。