<M−ssage>



 それは、毎日のトレーニングが終わった時の事だった。
「ドニー」
「何? レオ」
 名前を呼ばれて振り向きかけたその瞬間、突然肩を力いっぱい掴まれてドナテロは
声にならない悲鳴を上げた。
「――――………………っ、っ、〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!」
「!?」
「何、どしたの!?」
「……やっぱり。さっきからどうも動きがおかしいと思ってたんだ」
 取り落とした棒が転がって甲高い音を立てる。明らかに様子のおかしいドナテロに、
家族が一斉にそちらを向いた。
 溜息を付きつつぐいぐいと肩を揉む両手の動きは止めないレオナルド。
「こんなに凝らして……お前目を使い過ぎなんじゃないのか?」
「いだだだだだだだだっ!!! れ、れ、レオッ、ちょ、ま、タイムタイムッ!!」
「……何だ、あいつ。もしかして肩こりかぁ?」
「はっは〜ん。これは珍しくドナちゃんの弱点発見だね! パソコンばっかりやってる
からいけないんだよ〜」
「テレビばっかり見てるお前も同類だろ。しかし……よく気付いたなレオの奴」
 何故だか妙に複雑な気分でレオナルドの方を見るラファエロ。そんな些細な事にも
すぐ気が付く程、彼はドナテロの事を見ていたと言うのだろうか。黙り込んでしまった
ラファエロの顔を覗き込んで、ミケランジェロは意地悪そうにニヤリと笑う。
「どしたのラフ。ドニーが羨ましいの〜?」
「なっ……! ち、違うに決まってんだろ! 大体肩こりなんてのはな、オレみたいに
キッチリ身体を鍛えてりゃ一生縁が無いモンなんだよっ」
「ラファエロの言う通りじゃ、ドナテロや」
 二人の背後からスプリンターが進み出て、レオナルドが手を離す。漸く開放されて、
ドナテロはぜぇぜぇと荒い息をついた。
「せ、先生……」
「機械を弄るなとは言わんが、そればかりでは体がなまってしまうじゃろう。お前はもう
少し、修行に身を入れるべきじゃな。レオナルドは按摩も上手い、少し面倒見て貰い
なさい。レオナルド」
「はい、任せて下さい先生!」
 誇らしげに胸を叩くレオナルドに、ミケランジェロが素早く纏わり付く。
「なぁなぁ、オイラもやりたーい! 何か手伝わせてー!」
「はいはい、じゃあ洗面器に熱いお湯とタオルを何枚か頼む」
「らっじゃー!」
 喜び勇んでバスルームに飛んで行くミケランジェロから視線を二人の兄たちに移し、
ラファエロは腕を組んでふんとそっぽを向いた。
「……っけ、ご苦労なこって」





「っは〜……気持ちいい…………」
 それから三十分。
 最初の内こそあまりの痛みにのた打ち回っていたドナテロだったが、すっかり解れた
今となってはどこか余裕すら伺える。悠々と寝そべってリラックスし放題である。
 ミケランジェロが首と肩の上の蒸しタオルを交換しながら、右掌のツボを押している
レオナルドに声を掛けた。
「これってさ、何でこんな事してんの?」
「肩を温めて血行を良くするんだ。その方が筋肉が緩んで解し易くなるからな。本当は
風呂上りにするのが一番いいんだけど……」
「へぇ、そうなんだ」
 不意に楽しそうな声がして、レオナルドの手の動きが止まる。
 ドナテロはきゅっとレオナルドの手を握り締め、にっこり笑って兄を見上げた。
「ドニー?」
「それじゃあさ、折角だし一緒にお風呂でもあ痛ぁ!!?」
 投げ出していた足の裏に体重を乗せた片足を怒声と共にずどんと落とされ、台詞が
悲鳴に中断される。
「何が折角だ何が! 調子乗ってんじゃねーぞ!」
「ラファエロ。何だわかってるじゃないか、その調子で足ツボの方も頼むよ」
「いやレオそれ違ッ……!!」
 ドナテロの悲痛な訴えを聞き流して、ラファエロはレオナルドに歩み寄る。己の上に
落ちた影に、レオナルドはドナテロの肩に伸ばした手を止めて頭上を振り仰いだ。
 部屋の明かりを背に、腕を組んだラファエロがじっと自分を見詰めている。
「……ラフ?」
 居心地の悪さを感じながら恐る恐る名を呼ぶと、伸びて来た手がレオナルドの腕を
掴んだ。そのまま強い力でぐいと引き上げられる。
「ら、ラフ!? おいっ」
「いいから。ちょっと来い」
 ラファエロは大股で歩いて、有無を言わせずレオナルドを部屋に引き摺り込む。鍵を
かけた扉にレオナルドの体を勢いよく押し付けた。
 レオナルドは驚いているのか、抵抗もせずにラファエロを見ている。
「……レオ」
「な、何だ?」
「お前……、は」
 こんな事を聞くのは情けない事だとわかっている。
 けれど、このままでは自分の方がどうにかなってしまいそうなのだ。
 誰も気付かなかったドナテロの小さな異変に、レオナルドだけが気付いた。
 その事を考える度に、いつも自分の内にあった焦燥感とは違う、別の感情がまるで
生き物のように腹の中で暴れ回るのだ。放っておいたらきっといつか外に出て、一番
大切なこの兄を傷付けてしまう。
 だから、と意を決して、ラファエロは口を開いた。

「レオ、お前…………ドニーが好きなのか?」
「……え……?」

 きょとんとしたレオナルドの目につられるように、尚も必死に言葉を発する。
 聞きたくて、知りたくて仕方なかったのに、本当は彼自身の口から聞いてしまうのが
怖かったのかも知れなかった。
「でもオレ、オレは……お前が…………!!」
 言葉を何とか吐き出して、縋り付くようにレオナルドの体をきつくきつく抱き締めた。
 彼の目を直接見て言えない自分は、酷く臆病者だと思いながら。
「――好きなんだよ、レオ……兄弟とかじゃなくて、お前が、レオナルドが、好きなんだ
……」
「ラファエロ……」
 抱き締めた時僅かに強張っていたレオナルドの体が、ゆるゆると緊張を解く。肘を
曲げて、ぎゅうぎゅうと自分を抱き締める腕にそっと手を添えた。
 自分の首筋に顔を埋めている弟の顔は見えない。頭を撫でてやりたいと思うけれど、
上腕を押さえられているから無理だった。その代わり、心からの仁愛を込めて言葉を
紡ぐ。
「なあ、ラフ。俺はドニーもマイキーも、勿論お前も大好きだ。皆、俺の大事な弟だよ。
それじゃあダメなのか?」
「…………っ」
「ラフ?」
「……、だっ……」
 ふるふると小刻みに震えているラファエロに気付いて顔を覗き込もうと首を動かした
途端、がばりと身を起こしたので少し驚く。
 目を吊り上げて、歯を食い縛って、それはいつも見慣れた怒りに震えるラファエロの
姿の筈なのに。
 どうしてだかレオナルドには、彼が今にも泣きそうに見えた。
「だ……めに決まってんだろッ!! お前が、オレ以外の奴に笑い掛けるだけで……
こ、こんなにオレは、イライラして、どうしようもなくなっちまう、んだぞ!!」
「――ラフ」
「オレだけ見てろって言いたくったって、無理に決まってる。そんなこたぁわかってる! 
でも、だったら、オレはどうしたらいいんだよ畜生!!」
「ラファエロ!」
「――――ッ!」
 レオナルドの声が知らず知らずの内に俯いてしまった頭に響いて、気付いた時には
ラファエロはレオナルドの胸に抱き寄せられていた。その暖かい腕に涙が滲みかけて、
慌てて目を閉じる。
「ラフ。ごめんな」
「……謝って欲しくなんかねぇんだよ馬鹿野郎……」
「うん。でも、ごめん」
 レオナルドの声も仕種も、何もかもが全部酷く優しくて、ラファエロはせめてもの意趣
返しにとレオナルドの鎖骨の辺りに唇を寄せた。





「あっレオ! ちょっとちょっと、大丈夫だったの!?」
「おはよう、マイキー。今朝は随分早起きだな。大丈夫って何が?」
 翌朝、キッチンで朝食の用意をしていた兄の姿を発見して、ミケランジェロは慌てて
彼に駆け寄った。
 弟の方を見向きもせずせっせと働きながら平然と質問を返すレオナルドに、反対に
ミケランジェロの方が口篭ってしまう。
 何だか違和感があると感じてしまうのは気のせいだろうか。
「え、だ、だってさ、昨日あれから結局出て来なかったじゃん。もしかしてラフに襲われ
ちゃったかな〜、って心配でさ」
「何言ってるんだ。ラフが仲間を襲ったりするわけないだろ? 変なこと聞くなぁ」
「え、や、そうじゃなくて……あれ? う〜ん……」
「ほらほら、ボケっと突っ立ってないで皿でも並べてくれよ」
「ええー?」
 首を捻りながら、それでも渋々手伝い始めるミケランジェロ。彼が違和感の正体に
気付くのはもう少し後になってからの事である。
「…………はぁ」
 弟に隠れて小さく溜息を付いて、レオナルドは左肩から掛けられたベルトを僅かに
押さえた。そこには、昨日ラファエロに触れられた箇所がある。思い返すだけで掌が
熱くなる気がして、レオナルドは即座に手を戻した。

「……嫌じゃなかった、って言うのが一番困るんだよなぁ……」

 悩ましげな吐息をついて、レオナルドは力なく天井を仰いだ。





     END





7000HITキリリクの「ラフレオで嫉妬ラフ」でございます。
こ、こんなんで宜しかったでしょうか……(汗)。微エロの境界が本当に微妙ですが!
ラフのヘタレ具合が通常の三倍でもうどうしようかと(爆)。流石は赤いの。
リクエスト下さったりりあん様のみお持ち帰りフリーとさせて頂きます♪
7000HIT本当にありがとうございました!!