――いやだ。

「ぐあぁ……ッ!!」

 悲鳴を上げて人影が床の上に倒れ込む。彼の四肢に繋がれた鎖が同時に冷たい
音を立てた。
 彼の皮膚は至るところが引き裂かれ、真っ赤な血を流している。

 ――いやだ、こんなの。

「まだだ、貴様への恨みはこんなものでは済まされんぞ!」

 見た事も無い男が銀色の刀を振るう度、彼の傷が増えて行く。
 彼の悲痛な叫びが響く度、心臓が握り潰されるように痛くなる。

 ――お願い、やめて。

 何とかやめさせたくて、でも動く事も目を閉じる事も出来ないのだ。

 こんな恐ろしい光景、見たくないのに。



     <Nightmare>



 来訪者は、リビングの橋の上に突然現れた。
 空中に水色の光が溢れ、その中から大小二つの影が浮かび上がる。
 そのシルエットに見覚えがあった息子達は、各々驚きに手を止めて注目した。だが
父親だけは僅かに笑んで、光の元へ進んで行く。
「我が家へようこそ、大名殿」
「突然の非礼を詫びよう、友よ。実は折り入って頼みがあるのだ」
 スプリンターが差し出した手を握り返して、大名は複雑そうに微笑んだ。
 その様子を眺めながら、ミケランジェロが隣にいたドナテロに囁く。
「アルティメット大名? 急にどしたんだろうね?」
「さあ……」
 ドナテロが肩を竦めた時、彼の視界に遅れてスプリンターに倣うレオナルドの姿が
映る。
 その瞬間、大名の陰に隠れるようにしていた彼の息子の顔がぱっと輝いた。
「レオナルド!」
「こんにちは、上様。いらっしゃい」
 少し身を屈めて視線を合わせると、父親のマントを離してレオナルドに駆け寄った。
膝頭に置かれたレオナルドの手の甲に自分の手を重ね、どこか不安そうな目付きで
レオナルドの顔を見上げる。
「レオナルド、この間は本当にありがとう。それで、その……怪我とかしてなかった? 
どこか痛いところとかない?」
「……?」
 一瞬何の事を言っているのかわからず首を傾げるレオナルドだったが、すぐに思い
当たって笑って頷いてやる。
 自分を守る為に不逞の輩と戦ったレオナルドの心配をしてくれたのだ。
「勿論! 俺は鍛えてるから、あれくらい何とも無いよ。ほら!」
 ぽんと軽くトンボを切って見せると、子供の顔に安堵の笑みが戻る。
 今度は躊躇い無くぎゅうっと腕に抱き付いた。
「そうだよね! レオナルドは強いもん、誰にも負けないよね!」
「いーや、残念ながらオレの方が強いね」
「何だよラフ」
 いつの間にか傍に来ていたラファエロが、レオナルドの肩に腕を回してにやりと笑う。
それをつまらなさそうに見上げて、腕にぶら下がった子供が口を尖らせた。
「ラファエロの嘘つきー! バトルネクサスで凄い簡単に負けたって聞いたよ!」
「んなっ……誰に聞いたそれ!?」
「ミケランジェロ」
「マァァァァイキィィィィィィィィ!!!」
「きゃ―――――――――――――――――!!」
 実に素直にあっさりと指差されたミケランジェロが、実に楽しそうな悲鳴を上げて怒り
狂ったラファエロから逃げ出す。
 その実に和やかな風景を眺めながら、スプリンターは微笑んだ。
「ご子息はお健やかにお育ちのようですな」
「貴殿らのお陰だ。そして頼みと言うのは他でもない、我が息子の事だ……」
「……詳しい話をお聞きしましょう、友よ」





「お前は、いっつも、一言、多いんだよッ!!」
「いひゃいいひゃいいっひゃ〜い!!」
「おい、ラフ。もう許してやったら」
 ギリギリと頬を盛大に抓られてミケランジェロが悲鳴を上げる。
 延々と続いているラファエロのお仕置きを見兼ねて、長兄が助け舟を出してやるが。
「えおー♪」
「いーや、今日と言う今日は許さねぇ!!」
「あがー、あうおあかー!」
「誰が馬鹿だ誰が!!」
「あんであかうおー!?」
 あまり効果は無かったようだ。
 そして、公平なレオナルドにも一応優先順位というものがある。
「レオナルド」
「あ、はい先生!」
 背後からスプリンターに呼ばれてあっさりと振り返る。ドナテロは我関せずで自分の
作業に没頭しているし、ミケランジェロの苦難は今しばらく続きそうだった。
「実は、今日一日大名のご子息を我が家で預かる事となった」
「上様を?」
「レオナルド、お前が面倒を見てやりなさい」
「わかりました、先生」
 その間に大名が前に進み出て、息子の前で膝を付く。
「息子よ。一人でも大丈夫だな?」
「うん! レオナルドと皆が一緒にいるもん!」
 にっこり笑って、握ったままのレオナルドの手にもう一度しがみ付いた。
 元気に答えた息子の頭を撫でて、父親は優しく微笑む。
「そうか。強い子だ」
「えへへ……」
「ご安心下さい、息子さんは大切にお預かりします」
「ああ、頼む」
 レオナルドに頷いて大名は立ち上がり、杖を振って再びゲートを出現させる。
 彼がゲートに消える間際、一瞬だけ見せた複雑そうな表情にレオナルドは少し首を
傾げたが、子供の遊び相手に忙しく、じきにそれを忘れてしまった。
 その事の意味を知るのは、夜も更けてからだった。
「あらら、寝ちゃってるよ〜」
 夕食の後片付けをして戻ると、テレビの前のソファーでミケランジェロが笑っている。
どうかしたのかと覗き込めば、小さな体を沈めるようにしてすやすやと眠る姿が目に
入った。
 レオナルドは苦笑して、起こさないようにそっと抱き上げる。
「沢山遊んだから疲れたんだろう。今日は俺の部屋に寝かせるよ」
「って、まさか一緒に寝るってんじゃ……」
「いや、俺は別にリビングのソファでもいいんだけど……おい、何か変な事考えてるん
じゃないだろうな? ラフ……」
 言いながら、どこか締まりの無い顔で何か考え込んでいるラファエロを横目で睨む。
「かっ……考えてねぇよ! 変な事なんて別にっ」
「…………うぅ……レオ、ナルド……」
「上様?」
 起こしてしまったかと慌てて腕の中の子供に目を落とすと、小さな手がレオナルドの
胸のベルトをしっかりと握り締めていた。
 無意識の人の力と言うものは存外強いし、何よりこうして縋って来る無力な子供の
手を無下に振り払うのはどうしても躊躇われる。
「……どうやら、ソファは無理そうだなぁ」
「……………………ちッ」
 微笑ましく思うレオナルドとは対照的に、思わず舌打ちをしてしまったラファエロは、
再びレオナルドに思いっきり睨まれた。
 彼の両手が塞がっていて殴られなかっただけ僥倖と言えるかも知れない。





 シンと静まり返った深夜。
 すぐ近くで聞こえるすすり泣きに、レオナルドは目を覚ました。
「いやだ……やだよ……お願い、やめて…………」
「……上様?」
 ベッドに肘を付いて体を起こす。傍らの穏やかな寝顔は今やすっかり苦悶の表情に
変わっていた。眉根は苦しげに寄せられ、きつく閉じられた瞼からは涙が流れている。
 レオナルドは訝しげに眉を顰め、肩を掴んでそっと揺り起こす。
「上様……、上様」
「う……――――ッ、レオナルド……!?」
 何度か声を掛けると漸く両の瞼が開き、恐怖に見開かれた緑の瞳が現れた。まだ
夢から覚め切っていないのか焦点が合わず、その目はレオナルドを見ていない。
「大丈夫? 魘されていたけど怖い夢でも見たのかい?」
「……あ……レオナルド、レオナルド……ッ!」
 優しく頭を撫でてやると大きな双眸に再び涙が溢れ、レオナルドの胸に縋り付いて
来る。レオナルドは彼が落ち着くまでと、その震える背中をそっと抱き締めてやった。
時折、赤ん坊をあやすようにゆったりとした拍子で背を叩く。
「大丈夫、大丈夫。全部夢だから、何も怖くなんか無いよ」
「…………でもっ、本当に本当の事みたいで、怖いよう……!!」
 恐れを振り払おうとするかのように、必死でレオナルドにしがみ付く。
「ずっとおんなじ夢を見るんだ……いつも怖いおじさんがレオナルドをいじめるの」
 レオナルドの胸に顔を押し付けて、幼い言葉で悪夢の情景を口にする。
「血がいっぱい出て、痛そうで、やめてって言ってもやめてくれなくて……!! 夢を
見た後は、本当にレオナルドが怪我してる気がして怖い……」
「大丈夫だよ。俺はどこも怪我なんかしてないだろう?」
 怯える子供を優しい声音で宥めて、彼を抱き締めたままレオナルドはベッドに戻る。
「ほら、こうしてれば大丈夫。すぐ傍にいるから、怖い人はもう来ないよ」
「…………うん……」
 泣き疲れたのか大人しく頷いて目を閉じる。その秀でた額に母親のようなキスをして、
レオナルドは毛布を肩に掛けてやった。
「おやすみ、良い夢を」





「……と言う事があったんだけど。どう思う? ドニー」
「う〜ん……」
 翌朝、レオナルドは昨夜の事をドナテロに相談した。リビングにある自分のデスクに
着いたドナテロは顎に手をやって考え込む。ラファエロは少し離れた壁に腕を組んで
背を預けていた。問題の少年はミケランジェロの朝食の準備を手伝っていてここには
いない。
「聞く限りじゃ、その『怖い人』と言うのはアルティメット忍者の事のようだけど。『彼』の
記憶が断片的に夢として蘇っているのとも違うと思う」
 確かにレオナルドは『彼』と戦った事はあるが、例の夢のような大怪我を負わされた
わけではない。
 眉間に皺を寄せて、ラファエロが疑わしげな声を出す。
「あの野郎、まさかまだレオをどうにかしたいなんて思ってるんじゃねぇだろうな」
「レオへの恨みでって言う事? それはないね」
「何で言い切れる!? だってあいつは……」
 その質問に答えたのは、当のドナテロではなくレオナルド。
「彼は罪を償って生まれ変わったんだ。もう以前の彼じゃないんだよ、ラフ」
「それじゃあ何だって言うんだよ?」
「あのさ、これはあくまで想像の域を出ないんだけど。彼が初めて……子供に戻って
からって意味だけど。レオに会った時、他の事は殆ど覚えていなかったのに、レオの
事は僅かに覚えていた。そうだよね?」
「ああ……」
「そして彼は一目でレオを気に入って、友達になった。それって『彼』が本当はレオを
認めてて、でも自分のやった事が許せない事だって無意識にわかってて、敢えてそう
言う夢を自分に見せる事で自分を罰してるんじゃないのかな?」
「そう、か……そうなのかも知れないな」
 ドナテロの推察に、レオナルドはどうやら納得したようだった。小さく何度か頷いて、
そうして僅かに微笑んだ。
「やっぱり、彼は心底悪人じゃなかったって事なんだよな。良かった……」
 そのどこかしら安堵したような顔色に、レオナルドは心のどこかで『彼』がああなって
しまった事を気に病んでいたのだとドナテロは気付いた。何度もあんな目に遭わされ
ても、やはり一人息子を喪った時の父の悲哀を見れば生真面目なレオナルドの事だ。
幾らでもやりようがあったと思っても無理は無い。
 いや、もしかすると原因は自分にあると思っていたのかも知れなかった。
「ありがとう、ドニー。やっぱりお前に相談して良かったよ」
「いいって、気にしないで。……本当、レオってお人好しだよねぇ」
「? 何か言ったか?」
 最後に付け加えた呟きを聞き咎められるが笑って誤魔化す。首を捻りながら朝食の
準備の手伝いに行ったレオナルドの姿がキッチンに消えるのを待って、ラファエロが
口を開いた。
「――おい、今の話……本気か?」
 ドナテロは肩越しにラファエロをちらりと見て、それから視線を前に戻して笑う。
「フィフティ・フィフティってとこかな。うーん、やっぱりラフは気付くかぁ」
「当たり前だろ。オレはそこまで鈍くねぇよ」
「そうでした。夢の中で、レオは牢屋みたいなところに鎖で繋がれてたんだよね」
「らしいな」
「そう言うイメージから単純に連想されるのはまぁ、征服欲とか独占欲とか、そんなん
だろうなぁ」
 途端に嫌そうな顔をしたラファエロを気配で察して、ドナテロは笑顔のまま続ける。
「実際、『彼』が最初からレオをそう言う風に思ってたとしたら事は簡単だよね。子供に
戻った事で彼自身が拘る恨みつらみも無くなって、そうなると残るのはレオへの執着
心ぐらいか。彼レオにベッタリだし有り得なくは無いかもねこの説。わーどうしようラフ、
ライバルまた一人増えちゃったよ? たーいへーん」
「お前結局それが言いたかっただけなんだろ!!?」
 家中に響き渡るようなラファエロの叫びに、自室で座禅を組んでいたスプリンターは
深い溜息を付いた。

「問題が新たな問題を呼ぶ、か……」





     END





まさかの先生オチ(爆)。あれ、予定してたのと全然違うよ……?
シリアスなのかギャグなのかよくわからん物体に。取り敢えず究極はレオのストーカーでw
あと上様の名前どうにかして下さい。書いてて普通に噴きます(爆)。
これのどこがラフ幸せ(かも知れない)なのかと聞かれれば既にくっついてる(かも知れない)とこです(アバウト過ぎだ)。
どうやらこのラフは隙あらばレオを襲ってるようです(若いねー)www