扉に手を掛けながらも、レオナルドの意識は外に繋がる梯子に向いてしまいます。
ちゃんと家の場所もわかったし、ここで少しくらい寄り道しても……構わないのでは、
ないでしょうか。

「う〜…………だ、ダメダメッ、せんせいはおそとにでちゃいけないって……」

 慌ててぷるぷると頭を振って邪念を追い出そうとしてみますが、一度考えてしまうと
そう簡単に忘れる事が出来ません。
 大好きな先生の言い付けは守りたいけれど、好奇心を抑えられないのは子供と言う
生き物の特徴です。

「……う〜…………うぅ〜っ……」

 何度も何度も梯子を見たり、目を逸らしたり。
 幼いレオナルドの中でこれ以上無いと言うくらいの葛藤が繰り広げられたのち。

「………………ごめんなさい、せんせい!」

 やはり、好奇心が勝ってしまったようです。

 ちらっとみるだけ。
 ちょっとだけみて、すぐかえるから。

 そう心の中で繰り返して、レオナルドは梯子を上り始めました。
 しかし、今のレオナルドは三歳児。成長した十五歳の時と違って、長い梯子を上る
のはかなり至難の業でした。
 おまけに、記憶が三歳の頃に戻っていると言う事は、即ち。

「……ッ! た、たかいよう……」

 疲れて脚を止めた時にうっかり下を見てしまい、レオナルドは慌てて梯子にしがみ
付きました。
 そう。克服したはずの高所恐怖症まで戻って来てしまっていたのです。レオナルドは
恐怖でぎゅっと目をつぶりました。体はぶるぶると震えてしまいます。
 けれど、いつまでもここでじっとしているわけには行きません。
 意を決して、梯子を降りようと片手を離した瞬間。

「あ……ッ」

 緊張で滲んだ汗で、しっかり掴まっていたはずの手がずるりと滑りました。
 レオナルドはバランスを崩し、咄嗟に掴まり直す事も出来ませんでした。そうしたら、
後は落ちるだけ。
 悲鳴すら上げられず、梯子が遠ざかるのが酷くゆっくりに見えたと思ったその時。

「――――――――危ないッ!!!」

 大きな声がして、レオナルドは暖かい腕に抱き止められました。その人は軽やかに
着地してから、肩の力を抜いて盛大に息を吐きました。

「…………っっっはぁ〜っ!! 心臓に悪いからやめてよね、レオ……」
「……マイキーにそっくりなおにいちゃん……?」

 梯子から落ちたレオナルドを助けてくれたのは、さっき一緒に遊んでくれたお兄さん
でした。呆然と救い主の顔を見上げていたレオナルドでしたが、突然怒ったような目を
向けられてびくんと身を竦ませます。
 ――叱られる。

「ここから落ちて来たって事は……もしかして、外に出るつもりだったの?」
「あ……ご、ごめんなさい! おれ、つい……!!」

 やっぱり、先生の言い付けは守らなければならなかったのです。
 レオナルドは後悔して、大きな目にじわりと涙を浮かべました。
 ところが、お兄さんはにっこり笑ってレオナルドの頭を撫でてくれたのです。

「やだなぁ、怒ったりしないよ。だから泣かないで? ね?」
「……え? お、おこらないの……?」
「うん。寧ろ嬉しいかな。たまにはレオにも子供らしいことして欲しいもん、オイラ」
「???」

 自分の言っている意味がわからないのか、不思議そうに眉根を寄せて首を傾げて
いるレオナルドをいとおしげに眺めて、ミケランジェロはちょっと考え込みました。
 このままレオナルドを我が家に連れて帰って、ドナテロに治療して貰う。
 それが一番いい選択肢だとはわかっているのですが、それでもこう思ってしまうのは
いけないことでしょうか。

「勿体無いなぁ……こんなに可愛いのに」

 いつも末っ子ポジションに望んで座っているミケランジェロでしたが、たまには弟が
欲しいと思う時だってあるのです。
 それに、兄だの弟だの言っていても彼らは結局同い年。こんなに歳の離れた兄弟は
望むべくもありません。今のレオナルドの状態は、彼にとってまさに願ったり叶ったり
なのですが。

「……それに、子供は元気に遊ばせてあげるのが一番だよね」

 そう自分に言い聞かせて、ミケランジェロは腕の中のレオナルドに言いました。

「ね、レオ。もし良かったら、一緒にお外に遊びに行かない?」
「え!? で、でも……せんせいが……」
「だーいじょーぶだって! ちゃんとオイラが引率したげるからさ!」
「いんそつ?」
「大人と一緒ならどこでも遊んでいいよって事。オイラと一緒ならお外に行っても先生
には怒られないよ?」

 その言葉に、レオナルドの顔がどんどん明るくなって行きます。

「ホントに? おにいちゃんといっしょならおそとみれるの?」
「もっちろん! このミケランジェロにまっかせなさーい♪ いいとこ連れてったげる!」

 どん、と胸を叩いて、ミケランジェロはレオナルドを肩車して梯子を上りました。幼い
レオナルドは人肌が安心出来るのか、もう高いところをちっとも怖がりません。

「わぁい! どんなとこ?」
「色々だよー? 美人なお姉さんとか、スーパーヒーローだっているんだから!」
「うわぁ、おもしろそう!」





 そうして一日中NY中を遊び回った挙句、ピザをたらふく食べてぐっすり眠る二人が
エイプリルの家で発見されるのは、もう少し後の事なのでした。





     −ミケランジェロEND−