有り得ねぇ。
 マジ有り得ねぇ。
 いやまぁ実際に起こっちまってるんだから否定したってしょうがねぇんだけども。
 いくらオレたちが非常識な存在だからって、流石にこれはねぇだろ?
 無邪気にオレを見上げてくるレオナルドが。

「…………………………」
「ラフ? どうしたの?」

 精神年齢、三歳児だなんて。



     <Regress>



 レオナルドが倒れた。
 ドナテロが言うには、未知のウイルスに感染した所為らしい。
 それだけで死にたくなる程心配したってのに。
「おい、本当にレオは大丈夫なんだろうな!?」
「このドナテロ様に任せとけって! 幸い日本で似た感じのDNAを持ったウイルスを
研究してる科学者と連絡が取れたから、すぐにワクチンを作れるよ!」
 自信たっぷりのドナテロの言葉に、オレを始め家族全員一応胸を撫で下ろした。
 一晩高熱で魘されたレオナルドも、翌朝にはすっかりけろりとしていて。
 だから。
 快復してからのレオナルドの状態に、オレは再び死にたくなった。
「ねぇ、ドニー。おれ、どうしてびょうきだったの?」
「……え?」
 ベッドに上半身を起こしたレオナルドの診察を終えたばかりのドナテロに、あいつは
そんな事を聞いて来た。
 ドナテロは戸口で心配そうに見ていたオレたちを振り返り、「もう大丈夫」と太鼓判を
押した笑顔のままで、一瞬固まる。
「……覚えてないの? いや、それより……」
 訝しげな顔で口篭るドナテロ。その気持ちはよっくわかる。オレの隣のスプリンター
先生とミケランジェロも、これ以上ないくらいぽかんとしてるしな。
「…………何、今の」
「………………オレに聞くな……」
 ミケランジェロが呆然とオレに声を掛けるが、お互い視線はレオから外せない。
 何だ、今の喋り方。
 物凄ぇ違和感。
 あまりの出来事に固まり続けるオレたちの横を、すいっとすり抜ける影が一つ。
「先生?」
「息子よ。お前が誰か、言ってみなさい」
 唐突な先生の質問に、しかしレオナルドは片手を上げて元気に答えた。
「はいっ、おれのなまえはレオナルド! えーと、3さい……あれ、ちがったかなぁ……
15さい? あれ? えーとぉ……」
 首を傾げて指折り数えるその姿に、オレたちは凍り付くしかなかった。





「……一部記憶の混乱はあるみたいだけど、概ね精神だけが三歳児になっちゃったと
見て間違いなさそうだね……」
 疲れた溜息を付いて、ドナテロが出した結論がそれだった。
 そう言えば、こいつワクチン作りで徹夜なんだったっけ。目の下に隈が出来てる。
 話題の主、レオナルドはいつものように一人で自主トレーニングをしている。出来る
だけその姿を視界に入れないよう気を付けながら、オレはドナテロに訊ねた。
「元に戻るのか? って言うか原因は何だよ」
「多分、基にしたワクチンが人間用だったから僕らミュータントには合わなかったんじゃ
ないかと思うんだけど……所謂副作用って奴?」
「……おい……」
「そんな顔しないでよ。ちゃんと治療法は見付けるからさ。んーあの塩素配列が……」
 ぶつぶつと呟きながら部屋に戻るドナテロ。会話が終わると、何とか聞かないように
していたレオナルドの掛け声が嫌でも耳に入ってくる。
「えいっ! やぁっ! たぁーっ!」

 …………だから可愛過ぎなんだよ畜生……!!
 何で掛け声一つでこんなに可愛くなるんだよ! おかしいだろ!?

 そんなオレの心の叫びは勿論誰にも届く筈はなくて。
 思わずぷるぷると震えてしまうオレの肩を叩き、先生が優しい言葉を掛けてくれる。
「ラファエロ。ドナテロを信じなさい、きっとレオナルドは元に戻る。大丈夫じゃ」
「……すいません……」

 違うんです、先生。
 オレは今、変質者になりそうな自分を抑えるので一杯一杯なんです……。

 顔を押さえた指の隙間からレオナルドを見る。
 外見は普段のレオナルドなのに、仕種や雰囲気がまるで違う。
 いつもの気を張った感じは微塵もなくて、寧ろ柔らかいと言うか。
「? あ、ラフー♪ せんせー♪」
「…………」
 視線に気付いたのか、オレに向かってぶんぶんと腕を振るレオナルド。愛想笑いで
軽く手を振り返して、それからダッシュで物陰に隠れて頭を抱える。

 ヤバイ。オレもうヤバイ。
 あいつが笑うと周囲に花が飛んでるように見えるとかオレ末期過ぎだろどう見ても。
 これは元に戻るまで、絶対にレオナルドに近付いちゃいけねぇ。
 あんなのと二人っきりで一緒にいたら、確実にオレは犯罪者になっちまう!

 そう固く心に誓ったはずなのに。
 現実って奴は時に酷く残酷だ。



「……ん?」
 夕食の後、早々に部屋に引き篭もったオレの耳に、小さなノックの音が聞こえた。
「誰だ?」
「……おれだよ、ラフ」
「ッ!? れ、レオ!?」
 慌てて立ち上がりドアに手を掛けて、そこで辛うじて踏みとどまる。
 ……ちょっと待て。
 この状況、ヤバくねぇか?
 夜で。オレの部屋で。二人っきり。
 何だってこんな時に……!!
「…………ッ」
 嫌な汗を流しながら硬直していると、ややあってから幼い声が耳に届く。手に伝わる
僅かな振動で、レオナルドが扉に手を当てたのだとわかった。
「ラフ……ねぇ、なんであけてくれないの……?」
「う……」
「……やっぱり、おれがきらいになったの?」
「はあっ!?」
 な、何でそうなるんだよ!?
 てゆーか何で泣きそうなんだお前は!!
「きょうのラフ、おれのことさけてるでしょ? どうして? おれがなにかしちゃったの? 
おこってるならあやまるから、おねがい、あけてよ……」

 ドア越しでもわかりすぎる程にわかる、レオナルドの震える声。
 …………こんなの耐えられるか畜生おおおお!!!

「………………レオッ!!!」
「! あ……ラフぅっ!!」
 勢いよく扉を開けると、すぐさま胸にレオナルドが飛び込んで来る。目尻に滲む涙に
気付いて罪悪感が込み上げた。泣かせるつもりなんてなかったのに。ぎゅうぎゅうと
抱き付いて来るレオナルドに胸を高鳴らせつつ、そっと背中に手を回した。
「レオ……」
「ごめんねラフ、ごめんなさい! おねがいだからきらいにならないで……」
「き、嫌いになんかならねぇよ……馬鹿だな」
「ホント? ホントに?」
 頷いてみせると、ぱぁっと顔を輝かせるレオナルド。畜生、可愛い。
「よかったぁ……いつもはちゅーとかしてくれるのに、ラフぜんぜんなんだもん」
「!!?」
「おれのこときらいになったから、だからしてくれないのかとおもっちゃった」
 レオナルドの爆弾発言に思わず目を剥く。
 そ、そう言えば……記憶は、15のままなんだっけ……!?
 い、いや、それより、それよりだ。
 今の台詞、もしかして。
 もしかして。
「れ、レオ?」
「なぁに?」
「一つ聞くけどよ……お前、オレに、き、キスされんの、好き……か?」
 恐る恐る聞いてみると、満面の笑みで頷いた。
「うんっ! おれラフだいすきだから、ラフにちゅうしてもらうのだいすき!!」
「………………ッ!!!」

 嗚呼。
 素直な子供万歳。

 それが犯罪者になる直前の、オレの思考の断片だ。





「……何か体が凄くだるい気がするなぁ……」
「寝込んでた時熱高かったからね。病み上がりだってのに修行なんかするからだよ」
「そうなのか……全然覚えてないな」
 翌朝。
 何とか治療法を見付けたドナテロによって、レオナルドは無事元に戻った。流石に
二日連続徹夜の付けが回ってフラフラだったけどなドナテロ。
「ドナちゃんお疲れ〜! 何か死相が出てるよ大丈夫〜?」
「あんまり大丈夫じゃない……頼むから大声出さないで……」
「す、すまないドニー。俺の為に……」
「気にしないで。あ、マイキー、騒いだら吊るすからね。じゃ、おやすみぃ〜」
「吊ッ……!?」
 実ににこやかに寒気のする台詞を吐いて、ドナテロがオレたちに背を向ける。その
姿が部屋に消えるのを待って、凍り付いていたミケランジェロが動いた。
「……!! れ、レオッ!! オイラひょっとして死ぬのぉ!?」
「落ち着けよ……煩くしなけりゃ大丈夫だって」
 真っ青な顔でレオナルドに縋り付くミケランジェロ。苦笑しながら頭を撫でてやって、
レオナルドはオレに視線を向けた。
「ラフ。お前にも心配かけたな」
「……別に、オレは心配なんざ」
「ラフの嘘つきー♪ レオが倒れた時一番取り乱してたのラフじゃ〜ん♪」
「ってめっ、マイキー!!」
「やーい怒ったー!」
 拳を振り翳すといつものようにふざけたポーズでおちゃらけるが、
「……マァァァイキーィィィィィィィィ!!?」
「ひぃっ!? ごめんなさ〜いッ!! 吊るさないでええええええ!!!」
 地の底から響くような唸り声に一瞬でその場から消えた。
 ……相変わらず逃げ足だけは速い奴だぜ。
 舌打ちをして行き場のなかった拳を収めると、何やら顔を赤くしているレオナルドに
気付く。
「レオ?」
「あ……そ、その、……何でもない……」
「…………」
 落ち着かない様子で慌てて視線を逸らすレオナルド。それを見たオレは頬に笑みが
浮かぶのを止められなかった。
 ……へえぇ。
「ら、ラフ……何だよ、その顔……」
「んー? いつお前にキスしようかな、って考えてたんだよ」
「ッ!!?」
 今度こそ、レオナルドが首まで真っ赤になる。顕著な反応に満足して、レオナルドの
耳元に囁いた。
「安心しろよ。……ちゃんと、お前の好きなものやるから」

 愛らしくて、素直なレオナルドも良かったけれど。

「…………お、俺、もしかして、何か……言ったか……? 子供の時に……」
「さぁてな? ……今夜、楽しみにしてろよ?」
「〜〜〜〜〜〜ら、ラファエロッ!!!」

 やっぱり、こっちのレオナルドが一番だよな。





     END





某所で絵茶に参加した時に落書きから生まれた「レオ逆バーロー化」ネタです(爆)。
レオは本当はラフとキスするの好きなんだけど、恥ずかしいので絶対言わない。
それが子供の素直さ故にうっかりポロッと出ちゃうといいなぁ、という妄想の産物w
こんなアレなネタに引くどころかノリノリで(笑)付き合って下さったsさんtさんマジでありがとうございました……!!
この話はそんな素敵なお二人に捧げさせて頂きたいと思います! 貰って下さい!(押し売り)