それはひどい雨の事で、視界も満足に利かなくて。
 ぬかるんだ地面に足を取られそうになりながら、それでも走った。



       終演



「うおおおおおおーッ!!」

 絶叫と共に振り下ろされた刀が、巨大な機械の息の根を止めた。
 それを目の端で捉えて、キュウゾウは体の力を抜き視線を空に向けた。
 熱を持った腹部から、急速に血が流れ出て行く。
 自分を取り囲む仲間達が何とか止血をしようと手を尽くしているが、恐らく手遅れだ
ろう。己の死期ぐらいわかっている。
 そう考え及び、らしくない単語に思わず苦笑する。

 仲間、か。

 大して長くも意味も無かったこの人生。
 仲間と呼べる相手が出来たのなら、今ここでその幕を降ろしてもいいかも知れない。
 近くに並ぶ顔の向こう、一人無表情な顔で見下ろす男に目を向ける。

「決着は……適わなんだな」
「……もう……いい……」

 その言葉に男が僅かに目を見張る。
 それはそうだろう。
 自分がこの村に来た理由は男――カンベエと決着を付ける事、ただ一つと思われて
いたから。
 だが、今のキュウゾウにはそんな事は最早どうでも良かった。

「キュウタローッ!!」

 がしゃばしゃがしゃばしゃと、足音が近付いて来る。
 その音を聞いて、キュウゾウは上機嫌になるのを止められない。
 ばしゃん、と勢い良く傍らに膝を付き覗き込んで来るモノアイを嬉しそうに見上げる。

「無事……だな」
「おいっしっかりしろっ! 何やってんだよ!!」

 表情の無い筈の顔が、怒っているのがわかる。
 生身の自分よりも表情豊かな機械の侍に思わず笑みが零れた。

「死ぬなバカ野郎、死んだら殺すぞ!!」
「キクチヨ殿……」

 カツシロウが大声を咎めるように呼ぶが、キクチヨの耳には届かなかったようだ。

「聞いてんのか、おい! キュウタ……ッ」

 弾かれたように口をつぐむキクチヨ。
 キュウゾウの手が、キクチヨの手をしっかりと掴んでいたからだ。慌ててもう片方の
手を重ねる。

「キュウタロー……?」

 血の気の失せた顔に薄い微笑みを浮かべ、消え入るような声で違う、と言った。

「俺の名は……キュウゾウだ……」

 キクチヨが僅かに息を飲む。促すように視線を送れば暫しの逡巡の後に、小さな、
本当に小さな声で呼ばわった。

「……キュウ、ゾウ……」

 ああ。

 キュウゾウは目を閉じ、満足気に息を吐く。
 名を呼ばれた、ただそれだけで。

「かたじけない……」

 こんなにも胸は満たされるモノだったろうか。
 熱を持たない筈の掌さえ、ひどく暖かく感じる。
 この暖かさに包まれて逝けるのなら、地獄もそう悪くない。

「キュウゾウ!?」

 やや焦った声に、この世の見納めにと目を開いた。
 その瞬間。

「……キクチヨ」

 赤い鉄の上を雨が流れ、キュウゾウの頬に滴る。
 それはまるで涙のように、美しく映った。

「ああ、本当に……悪くない……」

 そう言えばこんな風に笑ったのは初めてだな、と思いながら。
 キュウゾウは静かに瞼を落とした。



      終





初お侍短文。携帯でポチポチ打ちました。
原作の久蔵とアニメのゴロベエの戦死シーンを混ぜてみた感じ。
キュウキク的に菊千代のあの怒りは嬉しかったんじゃないかなぁ、と。
キクチヨを守って死ぬ事に喜びを感じるキュウゾウさんでした。