その人の姿は時々、向こうが透けていたのだけれど。
 不思議と恐ろしい感じはしなかったので、四人はすぐにその人が好きになった。



     <Happiness of Father’s Day>



「良いか、息子たちよ。ワシは少し出掛けて来るが、決して外に出てはならんぞ」
「「「「はーい!」」」」
 元気の良い子供たちの返事に頷いて、スプリンターは駆け寄って来たレオナルドの
頭を撫でた。
「夜には戻る。レオナルド、留守を頼むぞ」
「はい、先生!」
 小さな包みを携え家を出て行く父の背中を見えなくなるまで見送って、レオナルドは
弟たちを振り返る。ドナテロはソファで本を読んでいるし、ラファエロは大好きなテレビ
番組を見ている。ミケランジェロは床に這いつくばってお絵描き中。
 よし、と頷いて、レオナルドは自主練習に戻った。





「あーあ、つまんねー!」
 伸びをしながら言ったラファエロの言葉に、兄弟たちが何事かと顔を上げる。欠伸を
するラファエロと擦れ違いながらレオナルドが卓上のリモコンを手に取った。ブチンと
音がしてニュースを読み上げるキャスターの姿が消える。
「ラフ、見終わったんならちゃんと電源切れよ」
「うるせーな。いい子ちゃんぶりやがって」
 大仰に腕を振りながら悪態を付くラファエロの足がクレヨンの箱を蹴っ飛ばしたので、
ミケランジェロが不満気な声を出した。
「何すんだよう!」
 部屋の入り口に向かって歩いて行くのを目で追って、本に栞を挟みつつドナテロが
訊ねる。
「どこ行くの?」
「外」
「待てよ、外に出るなってスプリンター先生が言っただろう?」
「バレやしねぇよ、どっかのお利口ちゃんがチクったりしなけりゃな」
「ラフ!」
 家を出て行くラファエロの後を追って、レオナルドも駆けて行く。取り残された二人は
ちょっと顔を見合わせてからレオナルドに続いた。開け放された扉から覗くと、梯子に
手を掛けたラファエロと彼を何とか止めようとしているレオナルドが見える。
 レオナルドがラファエロの肩を掴んで引き止めるが、逆に突き飛ばされてバランスを
崩した。ふらりとよろけて、下水から突き出ているガラスビンの破片の上に倒れ込む。
「わっ……!」
「「「レオ!!!」」」
 咄嗟の事に、四人は恐怖でぎゅっと目を閉じ身を固くした。
 だが、いつまで経っても何の痛みも無ければ物音すらも聞こえて来ない。
 恐る恐る目を開けかけたその時、下水道の中に優しげな声が響いた。

「こらこら。乱暴はいけないぞ」
「!?」

 父親以外で初めて聞く大人の声に驚いて、四人は一斉に眼を開く。
 そこにいたのがレオナルドをその腕に抱いた人間だと気付き、僅かに身構える三人。
だが、人間の顔を間近で見上げる事となったレオナルドだけは、自分を優しく抱える
腕の暖かさに緊張を解いた。それは人間の髪の毛と同じくらい墨のように黒い双眸が、
どこかスプリンターに似ていたからかも知れなかった。
 呆然と自分を見上げる子供に優しく笑い掛けて、人間はレオナルドをそっと地面に
降ろした。途端に弟たちが弾かれたように駆け寄って来る。
「うわぁんレオぉ!!」
「レオ平気!? 大丈夫!?」
「ごめんレオ、ごめんな!!」
 今にも泣きそうな弟たちに揉みくちゃにされるレオナルド。その様子を微笑ましげに
見詰めて、人間が訊ねる。
「どこも痛くはないか?」
「あ…………はい、あ、ありがと……ござい、ます」
 人間はレオナルドの返事に笑って頷いて、大きな手で四人の頭を順番に撫でた。
「もうおうちに帰りなさい。今日は偶々私がいたから良かったけれど、スプリンターが
いない時に外に出てはいけないよ。何かあっても誰も君たちを助けてあげられない」
 その言葉に四人は思わず顔を見合わせる。
 先生は人間に姿を見られてはいけないと言ったけれど、この人間は自分達を見ても
ちっとも驚かない。それどころか先生の名前も知っている。
「おじさん、誰? 先生を知ってるの?」
「ひょっとしてスプリンター先生のお友達?」
「……ああ、そんなところかな」
「じゃあ、おじさんも忍者なの?」
 もしやと思って聞いてみる。
 目の前にしゃがんでいる人間の服装はどことなく先生の着ているものに似ていたし、
おまけに背中に刀を二振り背負っている。
 いつも話に聞く忍者のイメージとそっくりだった。
 期待を込めた目で見詰められて、彼は苦笑しながら僅かに頷く。
「すごーい! 人間にも忍者っているんだね!」
「馬鹿だなマイキー、普通忍者は人間なんだぜ?」
「そうさ、僕たちの方が特別なんだよ」
「えぇ、そうなのー?」
 見当違いに感心しているミケランジェロに訂正を加えるラファエロとドナテロ。
 わいわいと騒ぎ出した弟たちを尻目に、レオナルドは尊敬の眼差しで父親の友人を
眺めた。先程レオナルドを助けた技は、スプリンターと同じくらい凄いものだ。
 このまま別れるのが惜しくて、レオナルドはおずおずと口を開く。
「あの、おじさん。もし良かったら、うちに来ませんか? 先生は夜には帰るって言って
ましたし、きっとおじさんに会いたいと思うから……」
「私が、君たちのうちに?」
「は、はい。ご迷惑じゃなければ。おじさんも、先生に会いに来てくれたんでしょ?」
 慣れない言葉遣いで必死に言葉を紡ぐレオナルド。そんな兄を後押しするように、
弟たちがわっと彼の周りを取り囲んだ。
「そうだよ、折角来てくれたんだから上がってってよ!」
「レオを助けてくれたお礼もしなきゃな」
「おじさん、おなかすいてない? オイラのピザ分けたげる!」
「こらこら、君たち……」
 餌に群がる子猫のように纏わり付いてくる幼子たちを困ったように――しかしとても
いとおしげに見詰めて、彼は僅かに肩の力を抜いた。
 先程から己の身体はまるで切れ掛けた電球が明滅するように、透けたり戻ったりを
繰り返していたのだが、この小さな亀たちは全く気にしていないようだった。
「だめ……です、か?」
 それに何より。
 腕に触れる、もう感じる筈の無かった掌の温かさが、酷く離れがたかった。





「ふう……やれやれ、やっと眠ったか」
 たくさん遊んで、たくさん食べて、たくさん笑って。
 時計の針が六時を過ぎる頃には、子供たちはソファの上でぐっすり眠っていた。
 風邪を引かないよう、ベッドから持って来た上掛けをそっと四人に掛けてやる。
「毎日この調子じゃ、スプリンターも大変だなぁ……」
 結局子育てなどした事も無い我が身を省みて、苦笑いを零す。寝返りを打って飛び
出てしまった腕を戻してやろうとして伸ばした手が、ホログラムに触れたようにするりと
擦り抜けた。思わず引き戻した自分の手を見詰めて、もう一度苦笑する。
「……もう潮時か」
 一目顔を見られればそれでいいと思っていたのに、つい長居をしてしまった。
 そっと立ち上がり、寝息を立てている四人に微笑む。
「レオナルド、ドナテロ、ラファエロ、ミケランジェロ。いつまでも兄弟仲良くな。それから
……」
「……………………ヨシ、先生…………!?」
 どさりと物が落ちる音と、驚愕に震える声に、戸口の方を振り返る。
 そこには海老茶の着物を着た灰色の。
「……スプリンター」
 懐かしい名を呼べば、見開かれた瞳に大粒の涙が溢れた。
「おお、まさか、まさか……本当に、ヨシ先生……!!」
 ふらふらと、覚束ない足取りで歩み寄るスプリンター。その足に巻かれた包帯を
痛々しげに見て、それでも大事な言葉を言う為に笑顔を作る。

「――優勝おめでとう、スプリンター。お前は、私の誇りだ」

 そうして彼の指先が届く前に、ゆっくりと手を合わせた。





「……先生? おかえりなさい……」
「あれ、僕たち、何してたんだっけ……」
「さぁ……」
「何か夢見てたような気がするー……」
 誰ともなしに目を覚ました子供たちは、突然父親に抱き締められて目を白黒させる。
「わぁ!」
「先生、痛いよう」
「先生?」
「先生……どうして泣いてるの?」
「何でもない……息子たちよ。何でもないんじゃ」
 初めて見る、声を震わせて泣く父の姿に、息子たちはどうしたらいいかわからなくて、
互いに顔を見合わせるしかなかった。





     END





ずっと書きたかったおじいちゃん話。六月は父の日あるから丁度いいやと思いましてw
とにかくヨシ先生に孫(笑)と触れ合って欲しくて、スプリンター先生をもう一度先生に会わせてあげたい一心で書き上げました。
自分で書いておきながら最後のヨシ先生の台詞にちょっと目から汗が……;;;
もう自分どんだけ先生一家好きなのかと!www
あ、バトルネクサスが六月開催かどうかは知りません(爆)。

父の日記念でもあるので、6月17日までお持ち帰りフリーとなっていました。
5000HIT本当にありがとうございました!! これからも宜しくお願いします♪