<隣の檻の獣>



「――っが、……う、げほっげほっ!!」

 大きな口を開き勢い良く声を出そうとして、突然走った喉の痛みにキクチヨは盛大に
咳き込んだ。余りの痛さに涙を滲ませるキクチヨに、隣の檻から呆れたような声が届く。

「昨日、あんなに吠えるからだ」
「……だってよう……」

 しゅん、と立派な房飾りの付いた尻尾を力無く垂れさせて、キクチヨは枯れ木の枝に
横たわったキュウゾウを拗ねたような目で見上げた。
 普段なら耳に心地良い低い声は、今は見る影も無い程にしわがれてしまっている。

「折角、ガキ共が見に来てるのに、知らん振りじゃかわいそうじゃねぇか」
「…………」

 枝の上に軽く組ませた前足の上に顎を乗せて、キュウゾウは黒い斑のある尻尾を
無感動についと揺らした。その様子に何だか己が無性に情けなくなって、すごすごと
檻の奥で丸くなるキクチヨだった。
 動物園で生まれ育ったキクチヨは、自分を見に来る子供たちが大好きだった。檻の
向こうの小さな子供らはキクチヨが何か身動きする度に驚いたり、喜んだりしてくれる。
その顔を見るのがキクチヨは大好きだった。がおう、と吠えて見せた時の表情などは
格別だ。
 しかも、最近は毎日のように沢山の子供たちが動物園を訪れてくれる(いつもエサを
くれる人間が「ちょうききゅうか」だと言っていたが、よくわからなかった)。この時期に
なるとキクチヨはつい張り切ってしまい、昨日も何度吠えたか数えられない。
 ――結果、見事に声を嗄らしてしまったのだが。
 これでは、今日は子供たちを楽しませてやれない。
 酷くがっかりした気分で、キクチヨは目を閉じた。



「ライオンさん、ねてるー」
「はやくおきないかなぁ」
「あ、しっぽちょっとうごいた!」

 開園時間を過ぎ、動物園は親子連れの客で大賑わいを見せている。
 だが、キクチヨは子供たちに背を向けたまま寝そべっていた。
 格子の向こうからの視線が何だか痛くて、悲しい。
 心の中でごめんな、と呟いたその時、隣の檻から一際大きな咆哮が響いた。

「!?」

 子供たちが歓声を上げてそちらに移動する。
 思わず顔を上げたキクチヨの目に映ったのは、枝の上に立ち上がるキュウゾウの姿。
キュウゾウは軽やかに地面に降り立ち、驚いて見詰めるキクチヨに向かって言った。

「今回だけだ」
「え」
「さっさと、治せ」

 そう言って少しだけ笑うように頬髯をそよがせて、子供たちに向けてもう一吠え。
 いつも、誰が来ても我関せずで寝てばかりいるのに。
 子供たちは少し怖がって、でもとても喜んでいる。
 何だか尻尾の先がむず痒いような気がして、キクチヨはくしゃりと笑う。

「…………ありがと、な」

 キクチヨはゆっくりと立ち上がって水を飲み、それからまた丸くなった。





     終





禁断の(!?)国語の教科書パロです(笑)。でも思い付いちゃったからには(以下略)
とあるお方のお言葉に一気に妄想爆発させて一気に書き上げていました。
そんな訳でこれはあなた様に捧げさせて頂きます♪(ちょういらねぇ)
本物のタイトルは忘れました。確か小学校低学年くらいの教科書だったと……(無駄な記憶力)。