<Will>
僕の機械弄りって、「趣味と実益を兼ねた」って言葉がピッタリだと思う。何か新しい
事を発見する度に知的好奇心は満たされ、それがまた新しい発明に繋がったりする。
僕の発明が役に立たなかった事なんて皆無と言っていいくらいだしね。勿論、これは
自惚れなんかじゃない。事実に基づいた発言さ。
それに、機械弄りの利便性はもう一つあったりする。
「ドニー! ねードニー聞いてんのー!?」
「あーうんきーてるよー」
「だからぁ、ラフが酷いんだって! 機嫌悪いのか何なのか知んないけどさ、オイラに
八つ当たりするんだよ!!」
「えーと……ここの回路がこうで……んでCPUが……」
「もー!! ドニーのバカ――――!! いいもんレオに聞いて貰うもんー!」
自分の世界に篭って、見たくないもの聞きたくないもの全てシャットアウト出来るから。
まるで絶縁体を挟み込まれた電池のように、それらは僕の耳には届かない。
けれど、流石に肩を叩かれれば現実世界へ戻らざるを得ない。そして機械弄りより
関心のある名前を聞かされて、もう大好きな筈の作業に没頭する事は出来なくなって
しまった。まだまだ修行が足りないな。
手に持っていた工具を机に置いて、僕は肩を怒らせながら歩いて行く弟の姿を目で
追った。彼は部屋の真ん中で瞑想していた兄の傍に膝を付き、大仰な身振り手振りで
愚痴を吐き出し始めた。突然愚痴を聞かされた兄は驚き、それから少し困ったように
眉根を寄せる。まあ無理もない。
何せ弟の不満の原因は、半分は彼自身なのだから。
「……ちょっとは空気読んでよね、ったく……」
事情を知れば兄は自らの行いを悔やみ、すぐに問題の解決に向かうだろう。
――つまり、喧嘩相手と仲直りだ。
口の中だけで発した僕の呟きは当然誰に届く筈も無く、兄は弟を宥めて立ち上がり
もう一人の弟の部屋へ向かった。ほらね。僕の予想的中。
彼は少し気後れしたように部屋の前に立ち、そっとノックをする。ほんの僅かな間が
あって、彼は部屋の中へと消えた。ここからじゃ会話なんて聞き取りようがないけれど、
仕種を見ていれば大体わかる。伊達に15年、彼の事を見ていたわけじゃない。
例えば今、彼がどんな顔をして弟に謝っているかなんて、僕には容易に想像出来る。
でも、頭に思い描いたイメージを取っ払ってもずうっと心に残り続けるこの痛みを取り
除く方法を、天才的頭脳は導き出してはくれなかった。
……ああ、本当に修行が足りない。
「ドニー!?」
その悲鳴じみた声はいきなり席を立った事への驚きか、それとも僕の表情の所為か。
鏡を見ずとも、相当酷い顔をしている自覚はある。人の面を最も醜くさせる心に、今の
僕は囚われているのだから。だからこそ、今の自分を家族には見せたくない。その内
二人はきっとお互いの事で忙しくて、僕の事なんか考えてもいないのだろうけど。
片頬に自嘲の笑みを刻んで、僕は我が家を後にした。
マンホールから夜の街へ躍り出る。体の奥底から止め処なく湧き上がるものを持て
余して、僕はどうしようもなく走り出していた。身を切る風の冷たさが、僕を元に戻して
くれる事を期待して。
屋根の上を走っていると、眼下を幾つかの青いランプがサイレンと共に通り過ぎて
行った。相変わらずこの街は治安が悪いようだ、と思った時、足元から微かな悲鳴が
聞こえて足を止める。今のは声の高さからして女性だろう。通りの向こうを駆けて行く
パトカーを見遣るが、こんな狭い路地裏には気付きそうも無い。
仕方がない。僕は溜息を付いて、今し方飛び越えたビルの隙間に歩み寄った。膝を
付いて見下ろせば、若い女性を壁際に追い詰めている男の背中が視界に写る。僕は
背中から愛用の棒を引き抜き、男の首目掛けて投擲した。狙いは寸分違わず急所を
突き、男を昏倒させる。女性は一瞬何が起こったかわからない様子だったが、すぐに
その場から逃げ出した。今度はちゃんと人通りの多い道を選んだ事に安心して、息を
吐き天を仰ぐ。
「……何やってんだろ、僕。これじゃまるでラファエロじゃないか」
「断りなく外に出るとことかな」
「!?」
唐突に背後から声がして、心臓が飛び出るかと思った。
だって、まさか。
彼は今、家にいて。いる筈なのに。
肩越しに、ゆっくりと振り返る。
「…………レオ…………」
驚きの余りに酷く掠れる僕の呼び掛けに、レオナルドは怒ったような困ったような、
不思議な笑顔で応えた。その手には、僕の棒が握られている。いつの間に拾ったの
だろう。目を離したのはほんの少しだけだったのに。
僕の視線に気付いて、レオナルドはそっと棒を僕に差し出す。恐る恐る受け取るが、
目の前の兄からは何の苦言も叱責も飛ばなかった。その代わり、どこか気遣うような
声音で言葉が紡がれる。
「どうしたんだ? お前がこんな事するなんて、らしくないじゃないか」
それは自分でもよくわかってる。こんなの、僕のキャラじゃない。
けれど、呆然と開かれた口から零れ出たのは質問を質問で返すと言う拙いもので。
「どうして……?」
だって、レオは。家で。ラフと。
それを見たくなくて、僕はこんな所で人助けなんかしてたのに。
「マイキーにお前の様子がおかしいって聞いてな。それで」
追い掛けて来てくれたんだ。ラファエロをほっぽり出して。
「……いいの? ラフは」
「え?」
「仲直りしてたんでしょ? ラフとさ」
ラファエロの名前を出すと、レオナルドの頬が僅かに赤く染まる。あぁ、僕って本当に
馬鹿だ。わざわざ自分から絶望に沈みに行くなんて。
「し、知ってたのか? あ、いや、ラフとの喧嘩の事はもういいんだ。済んだ事だから」
「……そっか」
この様子だと、仲直りは上手く行ったようだ。そう理解すると同時にぎし、と嫌な音を
立てて、僕の中の何かが軋む。それが余りに鈍く響くから、すぐ傍にいるレオナルドに
聞こえるんじゃないかと思ってしまう。そんなわけ、ないのだけれど。
レオナルドは視線を泳がせ、咳払いを一つしてからとにかく、と言った。
「お前の事だから短気を起こしたわけでもないだろうし、お陰であの女の人が助かった
わけだから……まぁ」
不問に処す、って事だろうか。もしラファエロが知ったら贔屓だ何だと騒ぎ出すかも
知れないけれど。残念ながら、これも日頃の行いと言う奴だ。
いつもどこか不満そうな弟の顔を思い出して、僕はくすりと笑みを零した。まあ、これ
くらいは役得と言う事で納得して貰う他ない。手に持ったままだった棒を背中に戻して、
僕はレオナルドに微笑みかけた。
「――走り込み、だよ」
「?」
「うん、デスクワークは好きなんだけど、どうも体なまっちゃうから。たまには自主トレも
いいかな、ってさ。持久力強化したいと思ってたし」
「何だ、そうだったのか」
何も考えていなかったのに、よくもまあスラスラと言い訳が出来るものだと自分でも
感心する。そして、それを疑いもしない兄にも。
「じゃ、僕そろそろランニングに戻るけど、レオはどうする?」
「そうだな……折角だし、俺も付き合うよ」
にこりと笑うレオナルド。それに軽く頷いて、僕は彼から視線を逸らした。
「それじゃゴールは廃材置き場ね。荷物持ち期待してるよ、リーダー?」
「……結局機械弄りじゃないか……」
「まあまあ、そう言わない。僕の生き甲斐なんだから……さっ!」
助走を付けてビルの間を飛び越え走り出す。目だけで後ろを振り返れば、苦笑いを
しながらもついて来るレオナルドが見える。
ぱちりと目が合う。
笑う。
笑う。
しくりと痛む胸を無視して、笑う。
だって、この未来を選んだのは僕自身。
「ねえ、レオ」
「うん?」
隣に並んだ兄を見ずに問う。
「僕たち、ずっと一緒だよね」
「……ああ、そうだな」
だから、この痛みは見ない。
この軋みは聞こえない。
彼が笑うだけでいいのだと、そう決めたのは僕自身なのだから。
END
15000HITリクエスト「ラフレオ←ドニーの片思い」でした!
やっぱりドニーはシリアスの似合う男です(笑)。あと一人称も。
一人称で三人称的な言葉を並べても違和感がないってのが一番助かりますね。流石天才!w
キリバンを踏んだ李林様のみお持ち帰りフリーとさせて頂きます。
15000どうもありがとうございましたー!(敬礼)