<太陽の祝い日>



 寒風吹き荒ぶ極月の下旬初日、島田邸の前で荷車を引いた二人組が立ち止まった。
車を押していた方の男が屋敷の門を叩こうと手を上げる前に、頭上から驚いたような
声が降った。

「何だァ? その荷物」

 声の出所を探して上を振り仰ぐと、少し離れた塀の上に見慣れた姿。
 この屋敷の主島田勘兵衛が愛子、菊千代である。
 勿論この二人は本当の親子ではないのだが、菊千代への態度は誰が見ても我が
子に対するそれと同じだった。

「やあ、どうも」
「変わりないようだな、菊千代」
「久し振りだなぁヘイの字。ゴロの字も元気そうじゃねぇか」

 声を掛けると、嬉しそうに笑って器用に瓦の上を歩いて来る。その様は宛ら懐いた
仔犬が駆け寄って来るようで、二人は寒さも忘れて微笑んだ。
 菊千代は山吹色の着物の裾を翻して塀から飛び降りると、五郎兵衛の引いていた
荷車をひょいと覗き込む。

「およ? 何だこれ……南瓜? それに蜜柑、じゃねぇな、柚? 米と……小豆?」

 積荷を検分して首を傾げる菊千代。五郎兵衛は平八に頼まれたのだからだろうが、
平八がわざわざ運んで来たのだからてっきり方術の道具だと思ったのだ。
 そんな菊千代の様子に、二人は思わず顔を見合わせた。

「何だお主……七郎次殿から聞いておらんのか?」
「明日は冬至ですから、勘兵衛殿のお宅で集まりましょうって……」

 その言葉に益々首を捻る菊千代。

「何で……冬至だったら皆で集まるんだよ?」
「まさか、本当に知らんのか?」

 呆れて広い肩を竦める五郎兵衛に平八が耳打ちをする。

「五郎兵衛殿、ほら、菊千代は地方出身ですから……」
「ああ……なるほど」
「……悪かったな! どーせ俺は田舎者だよッ!!」

 ひそひそ声ながらもしっかり聞こえた会話に、菊千代は膨れっ面でそっぽを向いた。
その余りに子供っぽい仕種につい噴き出しそうになるのを必死で堪えて、五郎兵衛は
どうどうと菊千代を宥める。

「ああ違う、違う。そうではなくてだな……これは冬至南瓜、冬至粥と言って」
「冬至の日には保存しておいた南瓜を食べて冬越しの体力付けて、小豆粥を食べて
厄払い。最後に柚湯に浸かって肌を健康に保ちましょうと言う冬対策の知恵みたいな
物なんですよ」
「へえ〜……都ではそんな事やってんだなぁ……」

 五郎兵衛の後を接いで解説を加える平八に、菊千代は素直に感心した。菊千代の
生まれた村ではそんな習慣は無かった。何せ始終食料に困っているような所だ。縁起
など担いでいる余裕は皆無と言って良い。

「別に都に限った事ではないと思うが……」

 短く刈った髪の毛を撫でて呟いた五郎兵衛の耳に、菊千代を呼ぶ声が届いたのは
その時だった。

「菊千代、菊千代」
「あ、勘兵衛だな。知らせて来るからちょっと待ってな」

 言うが早いか再びひらりと塀の上に飛び上がり、敷地内へ消える菊千代。すぐさま
勘兵衛の叱咤が飛ぶ。

「菊千代! お主はまたそのような所から……」
「固ぇ事言うなって。それよりよ」

 壁の向こうから聞こえる本物の親子のような会話の応酬に、忍び笑いを禁じ得ない
二人であった。





 そして翌日、冬至の夜。
 島田邸の座敷には家主である勘兵衛と菊千代、七郎次に五郎兵衛、平八、勝四郎。
菊千代に無理矢理引っ張って来られた久蔵の、七人の陰陽師が一堂に会していた。

「ささ勘兵衛様、もう一献」
「うむ」
「ほれほれ勝四郎、お主も飲まんか」
「い、いえ、私酒は苦手で……」
「いいじゃないですかぁ、たまには〜」
「…………」

 七郎次と菊千代が腕を振るった南瓜料理と小豆粥が膳に並び酒が振舞われ、既に
宴会場と化しかけていた座敷。そこからいつの間にか菊千代の姿が消えている事に
気付き、久蔵はそっと席を立った。
 久蔵は勘兵衛とは世辞にも良い人間関係を築いているとは言えない上、菊千代の
いない空間にずっと留まっている意味も無い。そもそも乗り気で無かった久蔵を参加
させたのは菊千代だ。
 さて当の菊千代はどこに行ったのかと見渡せば、すぐ外の廊下の手摺りに腰掛け
ぼんやりと夜空を見上げている。着の身着のままの背中が薄ら寒そうで、久蔵は手に
していた打掛を菊千代に投げ付けた。

「うお!?」
「――――着ろ。外は冷える」

 琥珀色の目を丸くして久蔵を見上げていた菊千代だったが、無言で見下ろす久蔵に
やがて小さく礼を述べた。

「おう、ありがとな」
「……何をしていた」

 ぶっきらぼうな久蔵の台詞に臆する事も無く、菊千代は正面の庭に視線を移す。

「んー、ちょっと色々考えちまって」
「…………」

 菊千代の頬には笑みが浮かんでいる。

「都に上る前は身内も無くて、いつ野垂れ死んでもおかしくなかったってのによ。でも
……俺は今、ここでこうしていられる。勘兵衛も七郎次も良くしてくれるし、五郎兵衛も
平八も勝四郎も変な奴らだけど……仲間が出来た。お前にも、出会えた」
「…………」
「ガキの頃は何で生きてんだろうって、何でこんな人生なんだって、自棄になっちまう
時もあったけど。俺は今、生きてて良かったって思えてる」
「菊千代……」

 久蔵は不意に手摺りを乗り越えて、庭に降り立った。菊千代の顔を、目を、真正面
から見据える。

「久蔵?」
「――――大陸より更に西の国々では、冬至の祭があると聞く」

 これを知ったのはいつだったか。

「一年で最も昼の短い日に、太陽が新生すると」

 どこで、どうやって知ったのか、思い出せないが。

「生まれ来る太陽を祝う日。お前を……お前の命を、言祝ぐ日だ」

 これだけはわかる。

「久……」

 手を伸ばして、目の前の体を抱き寄せる。
 生まれながらに太陽を宿す体を。

「お前が生きて来てくれて、俺は――――幸福だ」
「――――ッ」

 この暖かい光が、自分を生かしてくれている。
 それは何物にも変え難い幸せだ。
 僅かに体を離して顔を覗き込むと、潤んだ琥珀と視線が合う。
 薄い唇に口付けようと顔を近付けた。

「おーい、菊千」


 どんっ、ばっしゃーん!!


「代……?」

 目の前の光景に、思わず呆気に取られる七郎次。何故これから冬に向かおうと言う
今日この日に、久蔵は水浴びなど。

「…………」

 池の真ん中で尻餅を付いている久蔵。

「…………」

 顔を真っ赤にして俯いている菊千代。

 これは。

「あらら……お邪魔しちゃいましたかねぇ?」
「ちっ……ちちち違うぞ桃太郎!! 俺は別にそんな……!!!」

 後ろ頭をかきながらポツリと言うと、菊千代が裏返った悲鳴のような声を上げる。

「まあ人生山あり谷ありと言うしなぁ」
「抜け駆けするとそう言う目に遭うんですよねぇ」

 いつの間に現れたのか、かんらかんらと五郎兵衛、にこにこと平八。

「だ、大丈夫ですか久蔵殿!?」
「……勝四郎、あやつにそのような気遣いは無用だ」

 慌てて乾いた布を探して来る勝四郎、額に青筋を立てている勘兵衛。
 結局、全員出て来てしまったのもまあ無理からぬ事ではある。

「気付かれたか……」

 至極残念そうに呟いた久蔵の言葉は誰かに届く事は無かったが。
 天からの声無き言祝ぎは、この場の全員に届いたようだった。

「お」
「ん」
「おや」
「あ」
「ほう」
「……」
「雪か」

 薄墨色の空からちらちらと、冬至梅の如き白い雪が舞い落ちる。
 水面に消え行く粉雪を眺めていた久蔵の耳に、土を踏む音が聞こえた。

「久蔵」

 ほら、と差し出された手に。

「……かたじけない」

 久蔵は微笑んで手を伸ばした。





     終





クリスマスと言うよりは冬至小説ですねこれじゃ……(苦笑)。
んでもキリスト教に吸収される前の、本来の祭は文中の久蔵の台詞の通りです。
「光道」において「太陽=キクチヨ」ですから! しつこいと言われようと主張し続けますぜ(笑)。
あと、柚湯はあかぎれ・ひび割れに良く効きますのでお奨めです♪










<おまけ>



「久蔵殿、そのままでは風邪を引きます。柚湯を用意しましたので風呂場へどうぞ」
「かたじけない」
「………………久蔵……」
「何だ」
「その手は何を握っておる」
菊千代の手だが
「素直に答えても許可は出さんぞ!!! 羨ましい!!
「…………おい」
「私も勘兵衛殿に賛成でーす。久蔵殿だけズルイと思いまーす」
「ではいっその事、菊千代に全員の背中を流して貰うと言うのは如何ですかな?」
「……却下だ。菊千代の肌を見るのは俺だけでいい」
「――――ッ!!(赤面)」
「行くぞ」
「ぉ……ぉぉ……」



「あーあ、また取られちゃいましたねぇ」
「まあ、最初からわかり切っていた事でもありますな」
「………………!!!」
「勘兵衛様、血涙しながら着物の端噛むのやめて下さいキモイんで