「すっ………………げぇ〜……」

 カーテンを引いて、口を突いて出たのがその言葉だった。



     <ゆきあそび>



「おぉーい、カンベエー!」
「キクチヨ」

 門の鍵を回す所だったカンベエは、耳慣れた声にそちらを向いた。もこもこと分厚い
コートを着込み、大きな体を更に大きくさせたキクチヨが大きく手を振って駆け寄って
来る。その背後にはゴロベエの姿もあった。恐らく途中で出会ったのだろう。

「今日は随分と早起きだな」
「へっへー、外が明るくて目が覚めちまったんだ」
「おはようございます。結構積もりましたなぁ」
「うむ」

 会話を交わしながら鍵を開けると、キクチヨの手がさっと伸びて門を掴んだ。

「よい、しょっ、とぉっ」

 普段から錆び付き掛けている重い門だが、今日は殊更重そうだ。車輪の部分が凍り
付いているのかも知れない。上に積もった雪を時折ぱらぱらと落としながら、ほんの
少し耳障りな甲高い音を立てて門が開いた。キクチヨはパンッと手に付いた雪を払い、
満足そうにぶしゅうと蒸気を噴く。

「一丁上がり、っと」
「ご苦労、ご苦労」

 そんなキクチヨの肩を軽く叩いて園内に踏み込もうとした瞬間、ゴロベエはがっしと
襟首を掴まれた。

「ちょい待ち」
「……キクチヨ?」
「あんまり中の方通るなよ。折角の新雪なんだ、ガキどもに踏ませてやろうぜ」

 にやりと笑って言うと、キクチヨはゴロベエを追い越してざっくざっくと職員室に向かう。
その大きな体で窮屈そうに壁際ギリギリを進む後姿に、どちらともなく感嘆の溜息が
零れた。

「これはこれは……」
「……中々、らしくなって来たな」





 遊びに掛ける、子供の情熱と言うものは凄まじい。

「せんせーせんせー! こっちであそぼー!」
「ああ、はいはい」
「せんせい、いっしょにゆきがっせんしよーよー!!」
「お、おう」
「せんせー、かまくらほってー!」
「あー、わかったからお前ら落ち着けー。せんせーの体は一つしかねぇんだぞー」

 猫にマタタビ女郎に小判、保育園児に雪の原。
 肩で息をしながらそんな言葉を思い浮かべるキクチヨである。
 あちこち引き摺り回されて、体力自慢のキクチヨでさえもうくたびれ果てていた。だが、
子供たちの笑顔を見ているとその疲れも忘れてしまいそうだ。

「やれやれ、さて……」
「おっちゃま!」

 座り込んでいた雪の中から立ち上がり、伸びをして、キクチヨは背後からの衝撃に
再び雪の中へ突っ込んだ。
 キクチヨの背に馬乗りになったコマチがぽんぽんと跳ねる。

「おぶッ!? こ、コマチ坊!?」
「おっちゃま、みるです! ヘイのじがすごいのつくったです!」
「ヘイハチが?」

 コマチに引っ張られた先にはヘイハチを始めシチロージ、カツシロウ、キララ、そして
キュウゾウのいつものメンバーが揃っていた。

「あっせんせい!」
「みてください、ヘイハチどのってすごいんです」
「じしんさくですよ」

 得意気に胸を張るヘイハチの後ろには、大きな雪だるまが一つ。だが、その顔は。

「――――俺?」

 兜の飾りから髪の毛まで、見るからにそれとわかる造作。真っ白い雪で象られた、
キクチヨだるまがそこにいた。

「どうです? なかなかのできばえでしょう!」
「お……おお、スゲェなヘイハチ! 俺様ソックリじゃねぇか!」

 子供の手らしく流石に札幌雪祭りの雪像……とまでは行かないが、それでもかなり
上手だ。率直な感想を述べると、ヘイハチは嬉しそうに赤くなった鼻の頭を擦った。
 この子は本当に手先が器用だな、と感心する。

「オラもこのへんてつだったですよ」
「おう、そうかそうか。皆良く頑張ったな。せんせーは嬉しいぞー」
「えへへ……」

 子供たちの顔が誇らしげに綻んだ時、部屋の中からゴロベエの呼び声が響いた。

「さあ皆、もうお昼ご飯の時間だぞー!」
「はぁーい!」

 途端にあちこちから園児たちの返事が上がる。ヘイハチたちも元気良く返事をして、
それからキクチヨを見上げた。

「せんせい、じゃあまたあとでいっしょにあそびましょうね!」
「おう」
「やくそくです、おっちゃま!」
「わーかってるって! ほれ、早く手ェ洗って来い」
「はーいっ」

 ちゃんと手袋干すんだぞー、と駆け出す子供たちの背中に呼び掛けて、キクチヨは
コートの裾を引かれる感覚に振り返った。

「……せんせい」
「キュウゾウ? どした?」
「……これ……」

 しゃがみ込んで目線を合わせると、目の前に雪の塊が突き出された。キュウゾウの
小さな両の掌一杯のそれは、少し不恰好ではあったが見覚えのある形だ。
 丸っこい背中に、譲葉の長い耳。円らな南天の目がキクチヨを見詰めている。
 子供の手に抱えられた、可愛い可愛い雪うさぎ。

「これ……お前が作ったのか?」

 こくん、と頷くキュウゾウ。赤い目はうさぎに良く似ていた。

「……やる」

 更にずい、と突き出すので思わず掌を出すと、うさぎはキクチヨの両手にすっぽりと
収まった。

「いいのか?」
「…………」

 もう一度、頷く。

「そっか……ありがとな」
「…………ん」

 にこ、と微笑んで礼を言うと、キュウゾウも僅かに笑ったようだった。

「せんせい」
「んー?」
「あいつには、まけない」
「……え?」

 言葉の意味を量りかねて一瞬固まるキクチヨに、キュウゾウがさっと近付いた。
 次に、頬に触れる暖かな感触。

「え……」
「みていろ」

 不敵に笑って、キクチヨの横を走り抜けて行くキュウゾウ。
 その足音が聞こえなくなってから、キクチヨは漸く我に返った。

「……えーと……」

 よくわからなかったが。
 あれはつまり。
 要するに。

「宣戦布告された……って事か?」

 あんな子供に。
 答えを求めるように、両手の中のうさぎを見詰める。
 だが当然、うさぎからは何の返答も無く。

「……最近のガキはわかんねぇー…………」

 溜息代わりに勢い良く噴気して。
 キクチヨに良く似た雪だるまの傍に、キュウゾウに良く似た雪うさぎを座らせた。





     終





地元に積もる程雪が降ったよ記念(何)。
キュウゾウはすぐ人をライバル視する傾向がありますよね(笑)。