<ハッピーハロウィン!!>



「はろうぃん……ですか?」

 それはとある昼下がりの事。大将であるカンベエの発した一言に、囲炉裏を囲んで
いたサムライ達は顔を上げた。
 耳慣れない単語に首を傾げるシチロージに、カンベエは鷹揚に頷く。

「そうだ。収穫を祝う祭りの一種だと聞き及んでな。時期も合う事だし」
「普段良い目見れてねぇガキ共に少しは何かしてやりたくってよ」

 続いて頷くキクチヨ。どうやらこの企画を持ち掛けたのはキクチヨであるらしかった。
日頃村の子供達の相手をしているキクチヨだ、何かしら思う所でもあったのだろう。
 ゴロベエが薄く笑い、からかうような視線をキクチヨに向ける。

「世話になった村人達に恩返し、か。キクチヨにしては殊勝な事だ」
「んだとぉ!?」
「まあまあ、穏便に。して、我々は一体何をすれば良いのです?」

 いきり立つキクチヨを宥め、ヘイハチがカンベエに聞いた。

「うむ。その祭りと言うのが子供らが魑魅魍魎の類の仮装をして家々を回り、『馳走を
くれねば悪戯をする』と脅して待ち受けていた大人から菓子を貰う――と言う一連の
行事の事らしいのだ」
「はあ、そりゃまた珍妙な」
「と言う事は、その菓子作りが我らの仕事と言うわけで」
「そう言う事になるな」

 逸早くカンベエの真意を察したシチロージ。流石は古女房である。
 するとキクチヨがばんと軽く囲炉裏端を叩いた。

「それと、カブのお化け提灯も忘れちゃいけねぇぜ!」
「カブの……提灯?」

 怪訝な顔付きのカツシロウに、キクチヨはにこりと笑った。

「おう! まあ、正月の鏡餅とかみたいなもんだな」
「なるほど、祭り用の飾り物か」
「カブが無けりゃカボチャでもありみたいだぜ」
「いや、寧ろカボチャでいいでげしょ。その方が菓子にも流用出来る」
「おっ目の付け所がいいじゃねぇかモモタロー!」

 キュウゾウを除く全員が乗り気になっているのを見て取って、カンベエは言う。

「よし。では手先の器用なヘイハチはキクチヨに教わってその提灯作りを頼む」
「ホイ来た」
「任せておけでござる!」
「シチロージとカツシロウは子供らに振舞う菓子作りだ」
「はい、先生!」
「承知致しました」
「ゴロベエとキュウゾウは仮装用の衣装を作ってやってくれ」
「お任せを。得意分野です」
「……承知」

 カンベエはぐるりと全員を見回す。

「では各々方、抜かりなく」
「応!」

 こうして、七人のサムライによるカンナ村ハロウィン計画が幕を開けたのだった。



 そして当日、夕方。
 カンナ村のあちこちに、大小様々なカボチャの提灯が飾られていた。既に火が入れ
られている提灯は、夕闇の中で怪しげな光を放つ。

「どおーだ!! このお化け提灯の出来は!」
「我ながら力作ですよ」
「カンベエ様、村の全ての家に菓子を配り終えました」
「衣装もホレ、この通り」
「うむ……では、始めるとしよう」

 カツシロウとキララに連れられて、村の子供達がやって来た。
 既に事態を承知している子供達は嬉々として仮装衣装に手を伸ばす。

「うはあ、オラこんな格好初めてです」
「ししし……」
「お菓子が貰えるってほんとだぁ?」

 田舎の農村では菓子など滅多に食べれまい。きらきらと輝く目で見上げる子供達に、
キクチヨは確りと頷いて見せた。手には大きな袋を持っている。

「おう、マジよ! さあオメェら、この袋一杯に菓子を集めるんだぜ」
「おー!!」
「……おっちゃま」
「あん?」

 勝ち鬨を上げる子供達の中からコマチが進み出てキクチヨの裾を引っ張った。
 見下ろすキクチヨに向かってにひ、と悪戯っ子な笑みを浮かべる。

「おっちゃまも来るです!」
「はぁ? 何で俺が……」
「だっておっちゃま13歳です。ならオラ達とおんなじ子供です!」
「そうだねえ、ししし……」
「おさむれぇさま、一緒に菓子食うだ!」
「オラもおさむれぇさまと一緒がいい!」
「オラも!」

 途端に子供たちに取り囲まれるキクチヨ。戸惑ったように首を巡らすが、やがて長い
溜息をつく。

「……わかったよ、行きゃいいんだろ!」
「わあいです!」

 飛び上がって喜ぶコマチ。
 結局キクチヨは袋を担ぎ、子供に取り巻かれて村中を行進する羽目になった。

 仮装した子供たちに囲まれ真っ白な布を纏って歩くその様は、まるで子分を従える
妖怪の頭目のようだった――と、暫く村人の間で語り草になったとか。





「ふー、終わった終わった」
「キクチヨ様、お疲れ様です」

 興奮冷め遣らぬ子供たちを寝かし付け漸く解放されたキクチヨが、板間にどっかと
座り込んだ。キララが労うように微笑んでお茶を出す。

「お、すまねぇな」
「こちらこそ。子供達の為に色々良くして頂いて……ありがとうございました」
「村の大人達にも良い気分転換になっただろう。キクチヨ殿、素晴らしい案でした」
「よせやい、二人して」

 照れ隠しのようにわざと音を立てて茶を啜るキクチヨ。カツシロウとキララは軽く顔を
見合わせて笑い合う。
 そこでカツシロウはふと何か思い出したようで、懐から何かを取り出す。

「しかし、なぜ私まで菓子を貰っているのだろう……」

 その手に握られていたのは小さな饅頭の包み。己が作った物を他人に貰うのは
中々複雑だろう。眉根を寄せるカツシロウにキララは近付き、同じ包みを見せた。

「私もゴロベエ様に頂きました」
「キララ殿も?」
「ま、オメェらも年の上じゃあまだ子供……って事だろ? いいじゃねぇか偶には」
「そうですね……こんな楽しい事は久し振りです」

 柔らかく微笑むキララに、僅かに赤くなるカツシロウ。

「このお菓子、カツシロウ様がお作りになられたんですよね」
「あ、ああ」
「おいしいです、とっても」
「あ、か、かたじけない……」

 カツシロウの顔は赤みを増し、リンゴ病も斯くやの有様である。

「おうおう、青春だねェ」
「き、キクチヨ殿っ!!」
「へっへ、お邪魔虫は退散っとくらぁ!」
「だから、誤解だと言うのに――……」

 笑いながら家を飛び出し、村の外れを目指して駆ける。
 この先の丘は、とても見晴らしが良い。キクチヨはなぜだか無性に、あの丘で、空を
眺めたくなった。
 息を切らせて足を止める。

 秋の空は一番澄んで、一番高い。

 身長のあるキクチヨが手を精一杯伸ばしても、とてもではないが届く気がしない。
 輝く月が青く照らす夜空を見上げて、キクチヨは伸びをした。

「なっつかしーなぁ」

 思わず零れ落ちた言葉と共に、背後に気配が一つ生まれる。

「――キクチヨ」

 キクチヨは名を呼ばれて振り返った。
 そこにいたのは――





→カンベエ
→ゴロベエ
→ヘイハチ
→シチロージ
→キュウゾウ