<一万打お礼企画〜レオちゃんのお散歩〜>



 前略。
 レオナルドが幼児化しました。

「はあああああ!!?」
「こ、これは一体……?」
「うっわー、かっわいいー!!」

 リビングの床にぺたりと座り込んだ幼子を囲んで、三者三様の感想を述べる三男と
父と四男坊。けれどレオナルドの方はきょとんとした顔で首を傾げています。どうやら、
自分の体に起こった異変に気付いていないようです。

「ドニー!! どう言う事だよこれは!!」

 ラファエロが鋭い目付きでこちらを睨み、スプリンターも訝しげな視線を寄越します。
 大体予想していた反応に、ドナテロは指で頬をかきつつ口を開きました。

「う〜ん……多分、アレの所為だと思うんだけど……」
「アレ?」
「ほら、前にあったじゃん。中身だけ子供に戻っちゃうっての」
「あ…………アレはもう治ったんじゃなかったのかよ!?」
「その筈だったんだけどね。もしかしたら、まだウィルスがレオの体内に潜伏してたの
かも。或いは僕の薬に誘発されて免疫体が肉体の負荷を抑える為に……」
「ドナテロ。それよりレオナルドは元に戻るのか?」

 いきなり自分の世界に篭ってぶつぶつと(家族には)意味不明な単語を並べ始める
ドナテロに、ふさふさした眉を顰めつつスプリンターが訊ねました。
 この次男坊は頭はいいのですが、己の世界を確立し過ぎているのが玉に瑕です。

「あ、はい。ちょっと時間は掛かりますけどきちんと調べれば必ず」
「別にこのままでもいいんじゃない? 可愛いしさぁ」
「「ミケランジェロ!」」

 レオナルドをあやしていたミケランジェロが、叱責されて肩を竦めました。家族には
時々冗談が通じないのが彼の小さな悩みです。勿論それは普段の己の姿勢が原因
なのですが、どこまでも(自分勝手に)ポジティブな彼はそれに気付いていません。
 ちぇっ、と舌を鳴らしてミケランジェロはレオナルドをひょいと抱き上げました。抱っこ
して貰って嬉しかったのか、レオナルドはご機嫌でにこにこしています。

「ほらマイキー、レオこっちに連れて来て。取り敢えず診察するから」
「はーい」

 自分の椅子をレオナルドに譲って、ドナテロは鞄からすちゃりと医療器具を取り出し
ました。ドラえも○もビックリな四次元ぶりです。当然ながら、中を確かめた家族は誰
一人としておりません。だって怖いから。
 『君子は危うきに近寄らず』。昔の人はいい事を言ったものです。

「う〜ん……熱もないし、体調だけは心配ないね」
「おにいちゃんおいしゃさんなの? あのね、おれのおとうとのドニーもあたまいいし、
おにいちゃんみたいにおいしゃさんになれるかなぁ?」
「………………は?」

 カルテを書き込んでいた手を止めて、ドナテロが間抜けな声を出しました。すぐ傍で
見守っていた三人も同様です。四人の心は今まさに一つでした。
 あれ。何これ。
 物凄いデジャヴ。

「……れ、レオ……?」
「あ、よくみたらおにいちゃんドニーににてるね! こっちのおにいちゃんたちはラフと
マイキーにそっくり! せんせい、このひとたちだぁれ?」

 漸く事態を把握し始めたのか、自分を取り囲む家族を見てレオナルドが面白そうに
喋り出します。部屋の中をあちこちきょろきょろ見回して落ち着きがありません。

「それにここどこ? おれたちのおうちじゃないね。すっごくひろいや!」

 とうとう我慢出来なくなったようで、レオナルドはぴょこん、と椅子から飛び降りると、
スプリンターの元へ駆け寄りました。着物の裾を掴んで、きらきら輝く大きな瞳で父を
上目遣いに見上げます。

「ねぇねぇせんせい、ちょっとたんけんしてきてもいい?」
「う……むむぅ…………」

 愛らしい小鳥のように小首を傾げられては、最早何者も太刀打ち出来ません。

「「「………………………………かッ………………わぃい…………!!!」」」

 レオナルドの滅多に見られないおねだりポーズに一瞬目の前が真っ白になりかけた
弟たちでしたが、若干腑に落ちないものに辛うじて意識を取り戻しました。

「な、何でオイラたちが『おにいちゃん』なのに、先生だけわかるのさ?」
「それは……ほら。見た目があんまり変わってないからじゃないの?」
「……って事はやっぱり……記憶もなくなった、って事なのか!?」

 以前は精神年齢だけが三歳で、記憶は15歳のレオナルドのままだった筈でしたが、
今回はどう見ても三歳当時の記憶しか残っていないようです。
 肉体が若返ると記憶まで若返ってしまうのでしょうか。

「……だとしたら何で前は体が縮まなかったんだ? 何か法則があるのかな……」
「懐かしいのう……あの頃のお前たちは本当に小さくて……」
「おわー!! 先生までトリップしてるじゃねーか!」

 再びぶつぶつと考え込むドナテロとほわんと過去に思いを馳せているスプリンター。
中々シュールな光景に頭を抱え掛けて、ラファエロはさっきまであちこちをちょろちょろ
していた小さな姿が見えない事に気付きました。

「あ!? お、おい、レオはどこ行った!?」
「えっ!?」
「何じゃと!?」

 ラファエロの大声に、二人が向こうの世界から戻って来ました。慌てて家の中を駆け
回ったミケランジェロが青い顔をして叫びます。

「どーしよー!! どこにもいないよ!」
「ひょっとして、外に出てっちゃったんじゃ……」
「不味くねぇか……ガキんちょなんて下水で迷うに決まってんじゃねーか!」

 ただでさえ三歳当時の記憶しか持たないレオナルドが、今の我が家周辺の地理に
明るくないのは火を見るより明らかでした。

「迷わずとも今のレオナルドでは危険にあっても回避出来ん。すぐに探しにゆくぞ!」
「「「は、はいっ!」」」





 一方その頃、レオナルドは。

「……かえりみちわかんなくなっちゃった……」

 期待を裏切らずガッツリ迷子になっていました。

「あっちかな……うぅん、それともこっちかなぁ」

 交差した通路の真ん中で、レオナルドは途方に暮れました。
 木の根のように幾重にも枝分かれした下水の道筋は、小さなレオナルドの目には皆
同じに見えるのです。

「……どうしよう……」



   取り敢えず真っ直ぐ
   右が明るい気がする
   左に見覚えがある
   泣いてみる